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映画「スティーブ・ジョブズ」ネタバレ感想&解説

スティーブ・ジョブズ」を観た。

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マイケル・ファスベンダー主演、「トレインスポッティング」「スラムドッグ$ミリオネア」のダニー・ボイルが監督した、いわずと知れたあのアップル設立者スティーブ・ジョブズをテーマにした作品である。ただし、この作品は「伝記映画」ではない。よって、この映画を観ても、いわゆるスティーブ・ジョブズの偉業は理解出来ない。通常の伝記映画であれば、2013年公開アシュトン・カッチャー主演版がオススメだ。では、こちらの作品は観客に何を伝えようとしているのか?今回も劇場公開時に観ていたが、ブルーレイにて再見。

 

監督:ダニー・ボイル

日本公開:2016年

 

あらすじ(ネタバレ全開)

1984年。スティーブ・ジョブズMacintosh発表会の40分前に激怒していた。本番で「ハロー」と挨拶するはずのマシンが不具合を出したのだ。マーケティング担当のジョアンナはその演出をカットしようと説得するが、ジョブズは折れない。そこへジョブズの元恋人クリスアンが、5歳の娘リサを連れて現れる。ジョブズがリサを認知しようとしない為、説得に来たのだ。だが頑としてそれを認めないジョブズ。しかもMacintoshのプロジェクト名である「LISA」は、自分の名前から命名したのか?という娘の問いに、偶然だと言い切るジョブズ

 

突然、本番15分前に何かを閃いたジョブズは、胸ポケット付きの白いシャツを用意しろとジョアンナに指示する。胸ポケットからフロッピーを出したいと言うのだ。そしてアップルのCEOジョン・スカリーに励まされ、ジョブズは発表会の舞台へ出て行く。

 

1988年。Macintoshの売上不振から退社に追い込まれたジョブズが新たに立ち上げたネクストの発表会。親友として現れたウォズニアックに、ジョブズはマスコミに自分を批判したのはCEOのスカリーに強制されたのかと確かめる。その傲慢な物言いのジョブズに、ウォズニアックはマシンを創り出したのは自分なのに何もしていないジョブズがなぜ天才と言われるのかと憤慨。さらに今日の主役のNeXT Cubeはパソコン史上最大の失敗作だと通告する。そして本番6分前。こっそり会場に潜入したスカリーがジョブズの前に現れ、ジョブズのアップル辞任について、二人は激しい口論を行う。

 

1998年、iMac発表会。2年前、業績不振でスカリーを解雇したアップルがネクストを買収したのを機に復帰したジョブズは、アップルに復活していた。ジョアンナからiMacの莫大な売上予測を聞き、勝利の歓喜に浸るジョブズ。だが一方で、リサとの関係はこじれていた。だが、一人になったジョブズの瞼にはいつも自分の愛を求めていたリサの姿が次々と去来していた。

 

本番10分前の発表会開始直前、娘リサがジョブズに対してフラストレーションの全てをぶつけてくる。発表会は9時スタートを厳守してきたジョブズだったが、初めてそんな遅れも気にせず彼はリサに、Macintoshプロジェクトの「LISA」は娘の名前から取った事を語り始める。そして、リサが持っていたカセットプレーヤーを指差し、将来はお前の為に1,000曲の楽曲をポケットに入れて持ち歩ける様にしてやると宣言する。そしてジョブズは、大歓声をあげるiMac発表会の観客の元に向かい、映画は終わる。

 

感想&解説

この映画は1984年「Macintosh」、1988年「NeXT Cube」、1998年「iMac」という3つの商品発表会の裏側で、スティーブ・ジョブズの周りで起こった40分の出来事を描くという構成を取っている。しかも、実際には最もヒロイックに描かれるべき、商品プレゼンのシーンは一切描かない。この事から、この映画はスティーブ・ジョブズの「オモテの顔」「輝かしい偉業」では無く、もっと彼の思考や判断の基準、いわば内面を表現した映画である事がわかる。

 

とにかく今作のスティーブ・ジョブズは冒頭の登場シーンから、周りのスタッフのいう事を聞かず、無理難題を押し付ける暴虐無人なキャラクターとして描かれる。元恋人と娘に対しても、娘の目の前で「自分の子供では無い」と言って退けてしまう程だ。ただ、彼の中にある「彼だけが理解していて目指すべきもの」が明確にあり、それに対して真摯であろうとするのだが、周りにはそれを説明せずに、どんどん孤立していく。その姿はビジネスマンというよりは、まるでアーティストだ。だがひとかけらの理解者が彼の才能を信じ、救い、押し上げていく。この映画を観ると、スティーブ・ジョブズの功績は、決して彼一人の実力だけでは無い事がよく分かる。そして彼にとって、時間の経過と娘の存在と成長がいかに重要かという事も描かれている。

 

もちろん映画として、事実とは異なる脚色をされている部分も多いだろう。だが本質の部分で、あのスティーブ・ジョブズも弱さも持っている一人の人間であり、ただの父親である事が描かれているのだ。娘リサとの青空の下のラストシーンは実に美しい。今まで発表会の開始を遅らせた事がなかったスティーブ・ジョブズがあの場所に立っていたのは、あの瞬間、この世で最も大事なものと対峙していたからだ。この映画の最も優れている点は、脚本だと思う。基本、今作は会話劇であり、まるで舞台のように限られたシチュエーションの中で、役者が長ゼリフを披露していく。そのセリフの応酬が流れる様に美しく、時に胸に刺さる。まさに名セリフの連べ打ちだ。これはあの「ソーシャル・ネットワーク」の脚本を手掛けたアーロン・ソーキンの手腕だろう。哲学的でもありアーティスティックであり、それでいて感動的なセリフ回しが楽しめる。

 

三幕構成の中で、フィルムとデジタルを融合させた撮影になっているのも効果的だ。第一幕は16ミリでザラザラとした質感の画面にする事により、ジョブスの若さやキャリアの過渡期を表現しつつ、第二幕は35ミリを使う事で洗練されながらも、少しダークな色合いを強調している。そして第三幕はデジタルカメラでの撮影により、明らかに現代的でクリアな質感になる為に、アップルの輝かしい未来がおのずと画面から伝わってくるのだ。これこそ、撮影でストーリーを語っている好例だろう。

 

正直、全く派手な映画では無い。若干、スティーブ・ジョブズとはどういう人物であったか?の予備知識はあった方が良いし、作品としてエンタメに振り切った取っ付き易さは無いかもしれない。だが、僕はこの映画がものすごく好きだ。会話劇という映画の表現方法として、極めて優れた作品だと思うし、個人的にはダニー・ボイル監督作品として、「トレスポ」や「28日後」を凌ぐ傑作だと思う。ただのスティーブ・ジョブズ伝記映画では無い、良質な人間ドラマを描こうとしている作品である。

採点:8.0(10点満点)

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