映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

会社員バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。過去の名作から、新作まで綴っていこうと思います。音楽についても書くかもしれません。

「それでも夜は明ける」を観た

それでも夜は明ける」を観た。

f:id:teraniht:20170116001045j:plain

監督:スティーブ・マックィーン

日本公開:2013年

 

「SHAME-シェイム-」のスティーブ・マックィーン監督三作目であり、黒人監督として初めて、アカデミー作品賞を受賞した作品でもある。実話を元にした原作「Twelve Years a Slave」の映画化で、1841年に起こった黒人誘拐と奴隷制度をテーマにした非常に重厚な映画となっている。

 

あらすじ(ネタバレ全開)

1841年、ソロモン・ノーサップは自由黒人のバイオリニスト。彼は妻と子供2人に囲まれ、順風満帆な生活を送っていたが、ある日上品そうな二人組の男たちから得意のバイオリンを使って、サーカスの興行に参加しないかと誘いを受ける。だが、その二人組の男たちにソロモンは薬を盛られ、昏睡したまま奴隷商に売られることになってしまう。ソロモンは自分は北部の自由黒人だと主張するが、それも聞き入れられずに、南部の材木商であるウィリアム・フォードに購入される。

 

ウィリアムは信仰心が厚く、比較的温和な性格の農園主だった。ソロモンは教養が高く、バイオリンも弾けることからウィリアムに目をかけられるが、農園の監督ジョン・ティビッツに言いがかりをつけられ、抵抗する為に暴力を振るってしまう。ソロモンはティビッツの報復行為を受けるようになり、ソロモンの身の危険を悟ったウィリアムは、借金がある別の農園の支配人エドウィン・エップスのもとへ売ることを決意する。

 

だがウィリアムと異なり、エドウィンは極度のサディストであった。綿花栽培のノルマに達成しない奴隷には平気で鞭打ちを行い、気に入った黒人女性には乱暴をしていた。ソロモンはひたすら耐え忍ぶが、ある日奴隷として白人であるアームスバイがやってくる。アームスバイはかつては監督官であったが、酒による不祥事を理由として、奴隷に身を落としていたのだ。親近感を覚えたソロモンはアームスバイを信用し、奴隷として生きている現状を伝えるべく、友人へ手紙を送ってくれる様に懇願する。だがアームスバイは裏切り、ソロモンはエドウィンに責め立てられるが、なんとか機転を利かし難局を乗り切る。だが、誰も信用できないこの状況に改めて深い絶望を感じるのだった。

 

その後も長い奴隷の時を過ごすが、カナダ人で大工のサミュエル・バスと出会ったことから運命が変わる。ソロモンは奴隷制に反対で良心を持っているサミュエルを信用し、自らの素性を明かし、北部時代の友人に手紙を送ることを再度懇願する。

 

更に長い日時が過ぎた末、遂にエップスの農場のもとに保安官と友人が、ソロモンを引き取りにやってくる。奴隷から解放され故郷に帰郷する日が訪れたのだ。そして、12年ぶりに家族と再開し、ソロモンが涙するところで映画は終わる。

 

感想

この作品を観て、人種差別は良くないとか全ての人に自由は平等にあるべきだという感想を持つのは簡単だ。実際に、あまりに残酷な白人による黒人への理不尽な暴力と、奴隷制度という恐ろしい社会の仕組みに、改めて驚いたし戦慄した。

 

この映画には二人の「黒人を支配する白人」が登場する。ベネディクト・カンバーバッチ演じるウィリアムと、マイケル・ファスベンダー演じるエドウィンである。この映画、前者は比較的優しい支配人として、後者は厳しいサディストとして描かれているが、実は奴隷を購入して無理やり働かせている以上、二人とも本質は変わらないレイシストであると思う。

 

ウィリアムの妻が女性黒人が子供と離ればなれになって泣いているのに対し、優しく「可哀想に。でも、もう忘れなさい」と言うシーンがある。まるでペットの事の様に言い放つその言葉に、人間の親子に対する感情など微塵も感じない。

 

映画を観ていると、エドウィンの度を越した暴力性がクローズアップされて、「ムチで打つなんて酷い」「力と恐怖で女性に乱暴するなんて非人道的だ」と、黒人たちへのフィジカルな暴力に対する嫌悪が先に立つが、本当に恐ろしいのは簡単にレイシストを生む当時の社会構造だろう。黒人奴隷制度が普通に合法として機能していた1800年代のアメリカの現実を、今の時代を生きる僕たちに観せてくれるというだけでもこの映画が存在する意義があるし、そこにアカデミー作品賞を取った理由もあるはずだ。

 

まず、この「それでも夜は明ける」をアメリカ資本の会社が、世界を相手に映画を作り配給した事自体がすごい事だと思う。ブラッド・ピットの会社「PLAN B」が制作しているが、自らの国の暗部を曝け出す為、映画というメディアを使って事実を伝える姿勢には、金儲けとは明らかに違うクリエイター達の気概を感じる。そして、そのクリエイターの素晴らしい仕事がスクリーンを通して伝わってくるのだ。

 

スティーブ・マックィーン監督の演出は、非常に特徴的だ。セリフでは無く映像で、シチュエーションを最低限に端的に観せたかと思えば、急に長回しでキャラクターの表情だけを映し、時間経過を表現してみせたりする。抑揚の効いた制御された演出と画面は、極めてアート的だし映画的だ。

 

今作の音楽はハンス・ジマーだが、劇中あまりBGMとしての音楽は流れない。だが、黒人達が歌うシーンは多く、結果的にブルースやゴスペルがどの様に産まれたのか?を描いている。基本的には労働歌や黒人霊歌といった、辛い労働環境を歌う事によってなんとか乗り越えたり、無念の中で死んでいった仲間に捧ぐ鎮魂歌が、それらのベースとなっているのだ。特に劇中でソロモン達が魂から搾り出す様に歌う「流れよ、うなるヨルダン川よ」は、聴く者の感情を揺さぶる名曲となっている。

 

世界中には、いまだに奴隷を売買する地域があるという。この映画を観る事で黒人を金で売買し、人権無視の圧倒的な主従関係を構築していた歴史があった事を改めて知ることで、アメリカ大統領に初の黒人であるオバマ氏が就任していた事も重みが違ってくるし、次期大統領トランプ氏の今後の発言にも注目せざるを得ない。

 

この作品が伝えたい事は、差別意識は過去の事でも自分達と関係無い事でも無く、今の時代にも地続きで行われている事であり、現代を生きる僕たちにも他人事では無いという事だろう。今作はもちろん楽しい娯楽映画では無いが、観れば必ず何かが心に引っかかり、自ずと考えさせられる名作だと思う。未見であれば是非。