映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

会社員バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。過去の名作から、新作まで綴っていこうと思います。音楽についても書くかもしれません。

「トレインスポッティング」を観た

トレインスポッティング」を観た。

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監督:ダニー・ボイル

出演:ユアン・マクレガーロバート・カーライル

日本公開:1996年

 

90年代のポップカルチャーの象徴であり、青春映画の金字塔「トレインスポッティング」の続編が、20年ぶりに公開されるそうだ。続編が作れる様な話だったかなと、ストーリーを思い出す意味でも数年ぶりにブルーレイにて再見。「スラムドッグミリオネア」や「スティーブ・ジョブズ」のダニー・ボイル監督と俳優ユアン・マクレガー出世作であり、いまだに世界的にファンの多い今作。久しぶりに観たが、時間を忘れて楽しめた。今回はネタバレ全開で。

 

あらすじ(ネタバレ全開)

舞台はスコットランドの田舎町。レントンは働きもせず、頭の中はヘロインを打つ事だけ。仲間のベクビー、スパッド、シック・ボーイ、トミーとつるんでいる。何度かドラッグを止めようとした事はあったが、結局、仲間の元に戻り、腕に注射をさし続ける日々。しかもドラッグを買う金の為に、日常的に犯罪を繰り返していた。ある日仲間とクラブへ行くと、自分以外が彼女といちゃついている事に気付き焦るレントン。すると彼の前にダイアンという女性が現れ、彼は思わず一目ぼれしてしまう。そのまま彼女の家についていき、濃厚なセックスを体験するが、次の日、彼女はまだ未成年だった事が発覚する。もう会えないと言うレントンだったが、会わないと警察に通報するとダイアンに脅されてしまう。

 

日常の現実逃避の為に、ひたすらヘロインをキメ続けるレントン達。そして金を得るためにまた強盗を行うが、ある日レントンは逃走中に捕まってしまう。過去に薬を断とうとしたこともあり執行猶予になったが、これを機に彼は今度こそ本当に禁ヤクをすることを決断する。そして最後の一回と言いながら薬を打ったところで倒れてしまい、救急病院に運ばれる。実家に帰らされたレントンは家族の管理の元、壮絶な禁ヤク生活が始まる。そして、幻覚を見ながらもなんとかそれを乗り越えるレントン

 

薬から脱却出来たレントンは、ロンドンに行く。そして仲間と離れて不動産業という定職に就き、充実した毎日を送り始める。だが悪友は、そんなレントンを放ってはおかなかった。強盗容疑で、警察の目から逃れてきたベグビーとシック・ボーイがレントンの部屋に転がりこみ、平穏な日常を壊してしまう。結局、職場にまで迷惑をかける事になり、レントンは職を失い故郷に戻る事になる。

 

故郷に戻ったレイトンを待ち受けていたのは、友人トミーの葬式であった。ドラッグによる病理に侵されて亡くなってしまったのだ。そして、地元に戻ったレントンは、ベグビー達から金になる仕事があるという提案を受ける。ドラッグの転売である。だが資金が必要だと言われ、レントンの貯金のほとんどを持って行かれるが、友人たちの為、渋々それを了承するレントン。そして、それを機にまたドラッグに手を染め始めてしまう。

 

幸いドラッグ転売の仕事は上手くいく。それどころか、レントンから集めた大金の何倍もの金を手に入れる事が出来たのだ。もちろん仲間達で分け合うつもりだったが、レントンは一人ある決断をする。仲間が寝ている間に、その金を全て持って姿を消したのだ。罪悪感や仲間達への未練もない。これで新しい生活が始められるはずだとレントンが歩き出す所で映画は終わる。

 

感想

改めて観直したら、この映画が若者に熱狂的な支持を受けるのは納得出来る気がした。公開当時の日本でも、サブカルチャーなお洒落映画として、話題になっていたと思う。だが、この作品の根底に流れ続けているテーマは、若者特有の「どうにもならない不条理な毎日への鬱憤」であり「押し潰されそうな将来への不安」である。

 

劇中、映画「アンタッチャブル」のショーン・コネリーに対して、「歳を取ってクソになった」と言うシーンがある。これは俳優個人への感想というよりは、「老練」への恐れだと思う。(ショーン・コネリーアンタッチャブルでアカデミー助演男優賞を取っている)

 

歳を重ねて、自分の力で人生を歩いていく事が、この「トレインスポッティング」という作品の登場キャラクターは、誰一人としてイメージ出来ていない。刹那的に、一時的な快感の為にドラッグを打ち続け、時には恋やセックスで失敗して、就職は悪夢だと言い放ち、またドラッグを打つ。だが、彼らはそれが決して良き事だとは思っていない。止めたいのに、どうしようもないのだ。ドラッグ依存から抜け出す術を持たず、世の中を渡る知識や経験の無い自分たちでは、まだまだ現実には立ち向かえない。だけど、不安を隠して強がっていたいから、また現実逃避のドラッグを繰り返す。

 

これはドラッグは打たないまでも、世界中の若者が多かれ少なかれ、感じる感情ではないだろうか。この作品のキャラクター達は、究極のダメ人間である。だからこそ、映画を観て「こんな風に思うのは自分だけじゃないんだ」とか「自分はここまで落ちぶれてないだけマシか」とか、若者たちが自分のストーリーとして、映画のキャラクター達に感情移入出来るのである。

 

レントンの台詞で「こんな所(スコットランド)は最低だ。イギリスという落ちぶれた国の子分だ。みすぼらしくて卑屈でミジメ、史上最低のクズだ」と叫ぶシーンがある。スコットランドが、イギリスの中でも植民地として虐げられてきた歴史がある故の発言だが、この自分たちではどうにもならない現実への若者の叫びは、何故か遠いアジアに住む僕の心にも響く。だが、彼がクズと言っているのは、国や政治的な意味合いの発言では無く、自分の親やドラッグの売人などの極めて身近な大人たちの生活を見てきた者としての悲観と、いずれそうなってしまうであろう自分たちへの諦観の叫びなのだ。

 

この映画が、支持を得る理由はもう一つある。そのスタイリッシュさだ。上記の様に、救いの無い陰鬱な作品を、独特の早い編集と画面の色使い、俳優たちの衣装などでカラッとした明るいトーンで描いている。だから、観客も重くなり過ぎずに、気楽に観ていられるのである。そして、何よりこの映画の演出に最も重要な役割を果たしているのは、音楽だろう。

 

作品冒頭からイギー・ポップの「Lust For Life」から始まり、ルー・リードの「Perfect Day」、中盤のパルプ「Mile End」、ニューオーダー「Temptation」などサントラで通して聴いても今だに楽しめる曲が続くし、これぞブリット・ロックなコンセプチュアルな選曲が、映画の編集テンポと相まってハマっている。

 

そして、言わずもがな音楽的な白眉は、重要なラストシーンでかかるアンダーワールド「Born Slippy」だろう。まるで楽曲のビートが、大金を盗むレントンの心臓音のように鳴り響く演出と、楽曲の開放的な高揚感が完全にシンクロした見事なシーンであった。今や、アンダーワールドは世界的なミュージシャンになり、サマソニ2016のヘッドライナーも務めたが、この映画の公開当時はまだまだ無名だった事を考えると感慨深い。

 

さて、映画のラストでレントンは奪った大金を持って、新しい人生を歩み始める。だが、彼は20年後の「2」の最初で成功しているとは思えない。何故なら、彼はこの映画の中では全く成長していないからだ。最後までドラッグに逃げ、犯罪に逃げ、お金に逃げた男が、悪友を捨て大金を持ったとしても、あれから厳しい現実世界を乗り越えられるとは到底思えないのである。実際は4月公開の続編を観てのお楽しみだが、ダニー・ボイル監督が続投らしいので、少しは大人に成長したであろう彼らに、再び会える事が楽しみである。

 

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