映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

会社員バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。過去の名作から、新作まで綴っていこうと思います。音楽についても書くかもしれません。

「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」を観た

「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」を観た。

f:id:teraniht:20170306232914j:plain

監督:ジャン=マルク・ヴァレ

出演:ジェイク・ギレンホールナオミ・ワッツクリス・クーパー

日本公開:2017年

 

ダラス・バイヤーズクラブ」のジャン=マルク・ヴァレ監督と、「ナイトクローラー」でイカれたサイコパスを演じていたジェイク・ギレンホール主演のヒューマンドラマ。原題は「Demolition」(意味:破壊・解体)で日本語タイトルとの差に驚くが、今作は脚本に解釈の幅がある優れた作品だと思う。観終わった後、しばらくこの映画の事を考え続けていたが、未だに考えがまとまらない。今回は感想でネタバレを含む。

 

あらすじ

主人公のディヴィスは、会社の経営者であるフィルの娘と結婚し、富も地位も手に入れたウォールストリートのエリート銀行員。だが高層タワーの上層階で、空虚な数字と向き合う味気ない日々を過ごしていた。

 

いつものように妻の運転で仕事場へ向かう朝、「冷蔵庫の水漏れを直してほしい」という言葉を最後に、突然の交通事故で妻が他界してしまう。だがディヴィスは一滴の涙も出ず、哀しみにさえ無感覚になっている自分に気付き、自分は妻のことを本当に愛していたのだろうかと自問する。

 

そして妻が死んだ事で、何故か身の周りのものに興味と疑問を持つようになったディヴィスは、通勤電車の中で、いつもは話しかけない常連の乗客に話しかけてみたり、電車の手動緊急ブレーキを突然かけてみたりと奇行を繰り返し始める。そんな義理の息子であり部下でもあるディヴィスを心配し、「心の修理も車の修理と同じことだ。まず隅々まで分解し、点検して組み立て直すんだ」と語った義父フィルの言葉が契機となり、ディヴィスは身の回りのあらゆるものを破壊し始める。

 

そんな中、妻が死んだ病院にあった自販機が壊れていた事で、メーカーに苦情の手紙を出した事で知り合った苦情窓口担当であるカレン・モレノとその息子クリスと出会い、徐々に心を開いていく。そして、ついに自らの結婚生活の象徴である“家”さえも破壊し始めたディヴィスは、妻が遺していったいくつものメモとある写真を見つける。

 

感想

映画を観終わった後、すごくモヤモヤしたものが残る。ものすごく良い映画を観たという満足感と共に、作品のテーマを掴みきれていない様な心残りを感じる。正直、解りやすい映画ではない。過度なセリフによる状況や、キャラクターの心情変化の説明はない。ジェイク・ギレンホールが演じる主人公ディヴィスの心情を、かなり「忖度(そんたく)」しながら鑑賞する必要がある作品だ。

 

冒頭、ディヴィスは完全に「勝ち組」のレールに乗っているが、無気力な人生を送っている事が示される。その直後に妻を交通事故で亡くすが何故か悲しい気持ちにならず、自分は彼女を愛していなかったと感じる。その後「物を壊す」という行動と、同じく自らの人生に違和感を感じ生きているカレンとクリスとの出会いにより、彼の気持ちは開放されていく。彼を縛り付けていた、仕事や時間や生活といった全ての要素から文字通り「自由」になり、会社のトイレのドアを解体し、音楽を聴いては街中で踊りまくり、解体業者に金を払っては知らない家にハンマーを振るう。クリスと森の中で実弾で拳銃を撃ち、クリスが叩くUKアーティストのFREE「Mr.Big」のドラムに合わせて、車のボンネットに登る。そんなディヴィスは吹っ切れた様に活き活きとして見える。

 

だが突如、妻との思い出のシーンがインサートされ、物語後半に自分の知らない妻のショッキングな真実を知り、そして妻からのメッセージである付箋を見つける。普通の映画なら、この付箋のメッセージが分かりやすい妻からの愛の言葉で、それに気付いた主人公が亡き妻の大切さに気付くという演出が一般的だろう。だが、この映画はそんなに単純では無い。

 

妻が付箋で発信していたメッセージは「冷蔵庫の水漏れを直して欲しい」や、車のサンバイザーに挟んであった「If it's rainy, You won't see me, If it's sunny, You'll Think of me」だ。これは映画タイトルに近い、「雨の日は会えない、晴れた日は思い出す」と字幕では訳されているメッセージだ。決して直接的な愛の表現ではない。だからこそ、ラストにおけるディヴィスの涙と行動の意味が分かりづらいのである。

 

この作品は、ディヴィスが自ら「心の修理」をする為に、自分という人間を一度分解し点検して、本当の気持ちに向き合う物語なのだと思う。彼が破壊活動を行うのも、精神的に解放されていくのも、この「心の修理」の一環だ。妻の死をきっかけに順風満帆なレールを外れて、自らの意志で考え動き出した時に、彼が初めて気付いた真理とは何か?劇中でも義父のフィルに語る「愛はありました。ただ疎かにしていました」という事だろう。自分を愛してくれていた妻の存在に、自ら行った「心の修理」によって気付くストーリーなのだと思う。

 

最後の付箋が、「雨の日にはこのメモに気づかないでしょう。もし晴れた日は私の事を考えて」くらいに訳されていれば、妻からのメッセージがもう少し分かりやすくなったと思うが、それはこの作品には相応しくないのかもしれない。この解釈が正しいのか、やはり思い返してもモヤモヤする作品だが、観た人によって、それぞれ違った印象を持てる映画は素晴らしいと思う。是非もう一度観たい作品になった。