映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

会社員バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。過去の名作から、新作まで綴っていこうと思います。音楽についても書くかもしれません。

「ムーンライト」を観た

「ムーンライト」を観た。

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監督:バリー・ジェンキンス

日本公開:2017年

 

あの「ラ・ラ・ランド」を破って、第89回アカデミー賞作品賞を受賞した「ムーンライト」をやっと鑑賞出来た。監督は長編2作目のバリー・ジェンキンス。黒人だけの俳優陣、監督、脚本家がアカデミー作品賞に選ばれたのは史上初との事で、もちろん「ムーンライト」はそれに相応しい素晴らしい作品だった。だが、それ以上に今年のアカデミー賞は色々な力が働いた結果であろう。アカデミー賞とはハリウッドの映画人にとって、世界中のメディアを使って、世間にメッセージを発信出来る最大の場だ。黒人を主人公としたLGBTをテーマにした本作品は、観客に何を訴えていたのだろうか。今回は感想でネタバレを含む。

 

あらすじ

マイアミの貧困地域で暮らす内気な少年シャロンは、学校では「リトル」と呼ばれていじめられ、家庭では麻薬常習者の母親ポーラからも虐待されていた。そんなシャロンに優しく接してくれるのは、近所に住む麻薬ディーラーのフアンとその恋人テレサ、そして唯一の男友達であるケヴィンだけ。苦しい幼少期を経て成長し、高校生になったシャロンは、ケヴィンに対して友情以上の思いを抱くようになっていた。父親の様に思っていたフアンは亡くなり、相変わらず母親の麻薬中毒は酷く、毎日のイジメにも耐えていたシャロンは夜の浜辺で偶然ケヴィンに出会い、二人はある一線を越えてしまう。そんな中、学校でのシャロンに対するイジメはエスカレートしていき、遂にある事件が起こってしまう。そしてストーリーは更に、成長し大人になったシャロンを描いていく。

 

感想

アメリカのマイアミを舞台に、麻薬中毒の母親を持ち、日々同級生からのイジメに耐えながら、同性の友人に恋してしまった黒人男性の成長を、少年期、思春期、成人期の3つの時代構成で描いたヒューマンドラマである。

 

だが、ある意味でこの作品は極めてロマンチックな恋愛映画だとも言える。恋した相手が同性だったというだけで、シャロンがケヴィンに対して感じている感情は、スクリーンを観ていれば手に取る様に解る。キスした浜辺からの帰り道、大人になってから突然ケヴィンから電話がかかってきた時、そしてその電話が終わった後、ケヴィンがタバコを吸う姿を夢に見てしまった後の結果、ケヴィンの働く店の前で髪型を気にする仕草、遂に久しぶりに再開できた時の表情、結婚して子供がいる事を聞かされた時の動揺、そしてケヴィンの部屋で二人きりになった時。

 

シャロンが緊張したり安堵したり、傷付いたりしたり混乱したりする姿は、誰かを好きになった経験があれば、ほとんどの人が身に覚えがあるだろうし、理解出来るのではないだろうか。ただ相手が同性である事で一線を越える際に、シャロンと同じ様に観客にも一種の「緊張感」を感じる演出になっているのは見事だ。安易にセリフに頼らず、クローズアップを多様しながら、二人の微妙な表情のニュアンスから「簡単には踏み込めない境界線」を感じさせ、うまくシャロンの心の葛藤を演出していたと思う。

 

また演出といえば、この作品は画面のピントが中央の人物だけにフォーカスされていて、それ以外がボケている画が多い。また特に少年期、思春期はカメラがフィックスせずによく揺れる。これはシャロンの毎日の生活に対する不満や将来への不安、自分の満たされない同性愛へのフラストレーションを表現していると感じた。この映画の画面は実に情報量が多く、雄弁に観客に対してストーリーやキャラクターの感情を伝えてくるので、とても見応えがある。少年期のシャロンとケヴィンがケンカしながら取っ組み合うシーンなど、これからの二人を暗示させる様に、絡み合う足だけをアップにしたりと、引きの画が少ない意味深なシーンになっている。

 

パンフレットの監督インタビューに掲載されていたが、この作品はウォン・カーウァイ監督の「ブエノスアイレス」から影響を受けているそうだ。上記のカメラが揺れる演出も含めてだろう。劇中でカエターノ・ヴェローゾの「ククルクク・パロマ」がかかるシーンは、同曲を使用していた「ブエノスアイレス」へのオマージュという事で、20年前の香港映画が、いまだに人種を越えて現代のアメリカ映画に影響を与えている事が、映画史的にも興味深い。

 

音楽にも注目である。映画冒頭から、ケンドリック・ラマーの「Wesley’s Theory」という曲でもサンプリングされていた、ボリス・ガーディナーの「Every N****r is A Star」で幕開けするのだが、ブラックムービー特有のヒップホップ楽曲中心で進行するかと思いきや、モーツァルトも流れるし、オリジナルスコアも意外とメロウでセンチメンタルな楽曲が多い。その際たる曲が、バーバラ・ルイスの「Hello Stranger」だろう。この曲が使われるシチュエーションも含めて、まさにロマンチックな恋愛映画の演出である。

 

成長したシャロンは筋肉隆々の麻薬の売人となっており、少年期に慕っていたフアンと瓜二つの姿で登場する。だが、その筋肉は過酷な現実から彼自身を守る鎧であり、そんな人生を送らざるを得なかったシャロンの内面は、今でも少年期のままである事がラストシーンで示される。「月明かりの下では、黒人の肌は美しいブルーに見える」という劇中のセリフの様に、黒人でLGBTというアイデンティティを持った一人の人間が、苦しみ、悩みながらも、なんとか自らの人生に平穏を探して生き続けていく様は、この作品を観た者に人間の多様性の重要さを説いている様に感じる。ラストシーンの美しさと共に、本作はあっさりと幕を閉じる。だが、その美しい余韻は短いエンドクレジットの後もしばらく続くだろう。地味な作品ではあるが、とても心に残る映画になった。

 

ブエノスアイレス」の感想はこちら

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