映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

会社員バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。過去の名作から、新作まで綴っていこうと思います。音楽についても書くかもしれません。

「カフェ・ソサエティ」を観た

「カフェ・ソサエティ」を観た。

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監督:ウディ・アレン

日本公開:2017年

 

現在81歳のウディ・アレン最新作である。本作でも脚本/監督を手がけており、もはや「ウディ・アレンの映画」としか言いようのない作品になっていた。キャストはジェシー・アイゼンバーグクリステン・スチュワートブレイク・ライブリー、スティーブ・カレルなどの豪華キャストが集結。ウディ・アレン、老いてもまだまだ年一本のペースで映画を撮り続けているのは、素直にすごい事だと思う。今回は「感想」に少しネタバレを含む。

 

あらすじ

舞台は1930年代のハリウッド。売れっ子エージェントのフィル・スターンはパーティーに出席中、ニューヨークに住む姉からの電話を受け取る。彼女の息子、つまりフィルの甥であるボビーがハリウッドに行くので仕事を世話してやって欲しいとの連絡だった。3週間後にフィルに会えたボビーは、なんとか雑用係の仕事にありつけ、フィルの秘書であるヴェロニカとハリウッドの観光地を見て回る事になる。

 

何度か会ううちに、ヴェロニカの美しさと性格の良さにボビーは恋に落ち、なんとか気持ちを伝えるが、彼女にはジャーナリストのボーイフレンドがいていつも旅ばかりしているのだと伝えられる。ところが、ヴェロニカの彼氏は妻帯者のフィルであり、離婚を巡って2人の関係は揺れていた。そんな時、フィルはヴェロニカに別れを告げる。愛しているが、妻と離婚は出来ないとの理由だ。悲しみに暮れるヴェロニカだったが、これを機にボビーと急接近。遂には付き合いだし、ニューヨークで結婚しようとボビーに告げられる。だがヴェロニカの事が忘れられないフィルが遂に妻と離婚に踏み切った事から、ボビー、フィル、ヴェロニカの三角関係は複雑になっていく。

 

感想

「カフェ・ソサエティ」とはニューヨークやパリ、ロンドンのカフェやレストランで、毎日の様にパーティーを行い、派手で人目を引くような人々のことを表現する言葉らしい。その言葉どおりに、この映画の登場人物の衣装やセットは、華やかで豪華絢爛である。そこにウディ・アレンお得意のビッグバンドジャズが流れて、画面を彩る。1930年代のハリウッドやニューヨークの上流階級の人々をテーマに、アイロニカルに恋愛の切なさと滑稽さを描く作品だ。

 

映画自体が1960年代から一世を風靡した、アメリカンニューシネマより更に以前の、古き良き映画の雰囲気を湛えており、極めて「オトナの作品」として成立している。クリステン・スチュワートブレイク・ライブリーは、メイク、衣装、ライティングの相乗効果でまるで往年の大女優の様に美しい。逆にジェシー・アイゼンバーグは、ユダヤ系という設定とあの早口な喋り方も含めて、ウディ・アレン自身が投影されたキャラクターだろう。スティーブ・カレルも含めて、今作に美男子は登場しないが、それもウディ・アレン作品ぽいと言える。

 

トーリーは恋愛を中心に描いているが、テーマとしては「人間とは欲しいものが尽きる事はなく、まだ手に入れていないものを常に夢見て生きていくものだ」という事のように感じた。人生の岐路で行われる選択の数々。選択する事とは一方を捨てる事なので、全てを手に入れる事は当然出来ないが、今選択している道にも大きな後悔は無い。でも、今の道を選ばずに、違う人生を歩く自分をふと想像してセンチメンタルに浸る事が誰しもあるだろう。

 

本作のボビーもヴェロニカも、はたから見れば十分に幸せな人生を歩んでいる。自分たちもそれを十分に自覚しているので、今の生活を壊す事は出来ない。でも、本当はパートナー以外に愛する誰かがいる事を、胸の奥に仕舞って生きていくのである。ラストシーンのほろ苦さは、観客にも思い当たる「自分の選ばなかった人生」を想像して感じる小さな感傷なのかもしれない。そういう意味では「ラ・ラ・ランド」にも通じるテーマだったようにも思う。

 

ただ実際、ボビーの親や姉の人生を挟み込む様に描写する事で、「ほとんどの人は彼らのような人生を送るのだけどね」という、監督からの大いなる皮肉も隠されているような気がするが。

 

とにかくウディ・アレン節全開の小粋な小品として「マンハッタン」や「アニー・ホール」「さよなら、さよならハリウッド」などが好きな方なら本作は気に入ると思う。個人的には最高傑作だと思ってやまない「マッチポイント」の様な、ヒリヒリする様な皮肉とサスペンスの融合した作風が好みなのだが、まだまだ作品を提供してくれそうなウディ・アレン監督に期待して、次作を待ちたい。