映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

会社員バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。過去の名作から、新作まで綴っていこうと思います。音楽についても書くかもしれません。

「マンチェスター・バイ・ザ・シー」を観た

マンチェスター・バイ・ザ・シー」を観た。

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監督:ケネス・ロナーガン

日本公開:2017年

 

第89回アカデミー賞主演男優賞脚本賞を受賞した「マンチェスター・バイ・ザ・シー」をやっと鑑賞。アカデミー脚本賞作品なのだから、もっと公開規模が大きくても良いのでは?と文句の一つも言いたくなる。確かに地味で、ゆったりとしたペースの語り口だが、弱火でじっくりと煮込まれたソースの様な多層的で重厚な感動がある作品だった。わかりやすい泣きのポイントなどは無いが、観た後しばらく尾をひく映画体験になると思う。今回は感想でネタバレを含む。

 

あらすじ

リー・チャンドラーはボストンで配管工など、アパートの便利屋として生計を立てている。まるで何かをを紛らわすようにして働くリーは、人とのコミュニケーションが上手くとれずに、お客と口論に発展するようなこともしばしばあった。

 

そんなある日、リーの兄であるジョー・チャンドラーが、故郷の町「マンチェスター・バイ・ザ・シー」で心臓発作を起こしたとの報せを受ける。兄ジョーはすでに医者から、心臓の病で余命宣告を受けていたものの、急な報せにショックを受けるリー。急いで搬送された病院に駆けつけるも、すでに兄は帰らぬ人となっていた。ジョーには一人息子のパトリックがおり、リーは彼のことが心配になる。パトリックの母エリスはジョーの死期が近いことを知るや否や家を出て行ってしまっており、ジョーが亡くなった今、彼は一人になってしまうからだ。


パトリックがまだ幼い頃は船で海に出て釣りをしたりと、仲良く過ごしていた日々もあったが、高校生になり成長したパトリックと再会したリーは少し戸惑いを感じる。その後、リーはジョーの遺言の検認のために弁護士に会いに行くと、リーがパトリックの後見人に指名されていたことを知る。自分なんかがパトリックと家族として向き合うことが出来るのだろうかという不安と同時に、彼にはこの「マンチェスター・バイ・ザ・シー」という町に住みたくない、ある理由を抱えていた。
 

感想

過酷すぎる過去に囚われて、今を生きることが出来なくなった男の物語である。それに本人も気づいているが、どうしても一歩が踏み出せない。その為、生まれ故郷を離れて、ボストンに引っ越したが、兄の死をきっかけに再び「マンチェスター・バイ・ザ・シー」の町に戻って来るのである。ちなみにこの「マンチェスター・バイ・ザ・シー」という名前は実在する町の名前で、ボストンから1時間30分ほどの所に位置する港町らしい。

 

この作品は、ほぼ淡々とした会話シーンの連続で構成されている。特に兄ジョーの息子パトリックと、主人公リーとの疑似家族としての関係にフォーカスされている作りだが、各シーンが日常的なやり取りの連続で、心情描写がこれ見よがしに描かれる事はない。

 

何故、パトリックがエンジンの故障している父親のボートの修理にあれほど固執したのか?彼にとって父親と乗ったボートは、父との想い出がたくさん詰まった形見であると同時に、彼にとって「エンジンが故障したボート」は「心臓が原因で亡くなった父親」そのものだからだ、とか自宅の冷凍庫の前で突然パニックになったのは、父親の遺体を冷凍保存するというリーとの会話から、父親の死が瞬間的に思い出されたから、など明確な答えは劇中では示されないが、いろいろな解釈が可能で示唆に富んだ映画的な演出が続く。

 

この映画におけるパトリックは未来と自由の象徴だ。父親の死を乗り越えながら、スポーツにバンドに女の子にと、アクティブに活動する甥っ子の生活を目の当たりにしながら、それに比べて過去にがんじがらめで新しい一歩が踏み出せない自分。そんな自分が過去に幸せに暮らしていた「マンチェスター・バイ・ザ・シー」という町自体に、彼は鬱積としたものを抱えて生きている。窓ガラスの向こうに映る海を見ていたリーが、突然窓ガラスを殴って怪我をするシーンがあるが、この町にいる限り彼の感情に平穏が訪れる事はない事が描かれている。

 

そして非常に印象的なのは、リーの元嫁ランディとの再会シーン。彼女もまた未来の象徴とも言える。苦しい過去を乗り越えて、再婚という新しい道を歩み始めたランディと、まだ過去と決別出来ないリーの構造的な対比、そしてそんなリーを見て過去の自分の言動を悔い、自分だけが新しい人生を歩き出した事の罪悪感から涙するランディ。そして、それを痛い程感じて、思わずその場を去るリー。そして、その後のリーの暴力行動。映画の冒頭で、同じ様にリーはパブで乱闘していたが、この映画が始まってから、彼の感情は一歩も前に進めていない事が表れている。だからこそ、映画のラストにおける彼の選択には必然があるのだ。

 

パトリックという兄ジョーの残してくれた「未来」と接する事で、いつかは彼にも次の一歩を踏み出せるかもしれないという可能性を感じさせるラストカットも含め、基本的には静謐で上品な映画だと思う。もちろんパトリック絡みでは笑えるシーンも多いし、ひたすら暗いだけの作品ではない。主演ケイシー・アフレックの演技も見事だし、個人的には大好きな作品だった。決してわかりやすいカタルシスのある映画ではないが、スルーには勿体無い良作である。