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「パディントン2」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

パディントン2」を観た。

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監督:ポール・キング
出演:ベン・ウィショー、ヒュー・ボネヴィル、ヒュー・グラント
日本公開:2018年

 

2014年公開「‪パディントン‬」の続編。原作は、マイケル・ボンドの児童文学作品「くまのパディントン」。作者がロンドンのパディントン駅の近くに住んでおり、プレゼントした妻のぬいぐるみからインスパイアされて作ったと言われているが、イギリスでは国民的キャラクターとして愛されている。映画版一作目も、ファミリームービーとして笑えて泣ける、そしてなによりパディントンの可愛さに悶絶出来る快作であった。では、二作目の本作はどうであったか?今回もネタバレありで。

 

あらすじ

ロンドンに住むブラウン家の一員として、幸せに生活しているクマのパディントン。故郷のペルーに住む、もうすぐ100歳になるルーシーおばさんへの誕生日プレゼントを探していた彼は、骨董品屋ですてきな絵本を見つける。高額な絵本の為、その費用を稼ごうと窓ふきのアルバイトを始めるが、洗剤を頭からかぶるなど失敗しては騒動を起こすパディントン。そんな中、絵本が骨董品屋から盗まれるという事件が発生する。偶然、その犯人の姿を目撃した為、絵本の行方を追うパディントンだったが、警察に犯人と勘違いされて逮捕されてしまう。実はその絵本には隠された財宝のヒントが書かれており、犯行はその財宝でもう一度自らのワンマンショーを開きたいという欲望をもった落ちぶれた俳優ブキャナンの仕業であった。それに気付いてパディントンを救おうとするブラウン一家は、ブキャナンを捕まえられるのか?また刑務所に入ってしまったパディントンの運命は?

 

感想&解説

二作目から観ても、ストーリーは楽しめるだろうが、やはり本作「2」も一作目からしっかりと予習した方がより楽しめるタイプの作品だろう。まず本シリーズのリアリティラインを把握しておかないと、冒頭のパディントンが家族と談笑しているシーンから「?」となる。まず本シリーズでのパディントンは、いわゆるクマ科の「熊」としては扱われない。もちろん、人間キャラクターからは「クマ」と認識され呼ばれているが、実際は限りなく「人間」として扱われる。

 

一作目のパディントンがロンドンの駅に着いた瞬間、駅中がパニックになるのかと思いきや、まるで「迷子」の子供でも見るかの様な人間たちのリアクションに、「なるほど、こういう世界観なのか」と納得した。この世界でパディントンはクマの容姿をしているが、話せて二足歩行している時点で、実際は「人間」なのである。ここにこの作品の肝がある。

 

パディントンは、純粋無垢な存在だ。劇中でブラウン一家のお父さんが、「パディントンは人の良い所を見る。だから、周りの人を幸せにする」という様なセリフを言うが、常に真っ直ぐで人を疑わず、優しくて愛に溢れたキャラクターとしてパディントンは描かれる。観客はあの愛くるしいクマちゃんが、人間の世界で健気に頑張りながら、傷つき必死に努力する姿に胸が締め付けられる。パディントンが喜ぶと自分の事の様に嬉しくなり、もっと幸せになって欲しいと願う。ラストシーンでパディントンが幸せな結末になると観客は心からの多幸感に包まれ、劇場を後に出来る。ここが本シリーズの一番重要なポイントで、「パディントン」という愛くるしいキャラクターの設定と容姿の必然性が、ここにあるのである。

 

パディントンはペルーからイギリスのロンドンに密入国した「不法移民」のメタファーだ。しかも、人間の世界に不慣れでルールや常識も知らない。一作目で食べ物や住む家もない彼はたまたまブラウン家に拾われ、最初は主のヘンリーお父さんから煙たがられるが、それでも持ち前の「真っ直ぐさ」で家族や町の問題を徐々に緩和していく。スリの常習犯が落とした財布を渡してあげようと、延々と追っかけて最後は警察に逮捕させてしまうシーンなどはその典型だろう。パディントンは財布を落とし主に渡してあげたい一心なのだ。もし本作の設定が人間の子供だったら、ここまで純粋無垢な設定には正直リアリティが無さすぎて違和感を覚えるだろうし、なによりもっと悲壮感が漂う「保護すべき子」として映ってしまうだろう。

 

しかもパディントンにはそれなりに「試練」が降りかからないと、ストーリーが推進しないが「人間の子供」という設定では展開に無理が出てくる。今作「2」でパディントンは、なんと窃盗の罪で刑務所に入れられてしまうのだ。「愛くるしい」&「でも人間の子供ではない」&「他国のクマが主人公」という設定が、本作の奇跡的なバランスを成就させていると思う。

 

今作のパディントンは、ペルーに住む育ての親であるルーシー叔母さんへのプレゼントの絵本を買う為に、様々な「仕事」をする。床屋から窓拭きまで、一生懸命に働く姿はコミカルな演出と相まって最高にキュートだ。しかも彼が一生懸命に働く姿は、改めてパディントンの世界の住人にも観客にも「働く事の意味」を教えてくれる。パディントンが窓を拭くと偏屈だった住人の部屋に日が差し込み、その窓から見える売店の女性と恋に落ちるというシーンがあるが、労働は誰かの役に立ったり幸せにする行為だという、普段忘れかけていた事を思い出させてくれる良いシーンだった。

 

刑務所での料理作りのシーンも然りで、今まで作った料理を褒められた事がない強面の囚人ナックルズとパディントンが協力しマーマレードサンドを作ると、そのあまりの美味しさに囚人たちが拍手で迎えてくれるシーンがある。「なんか、腹の辺りがむずむずするぜ」というナックルズに、「それが自尊心というものです」と答えるパディントン。子供向けのファミリームービーに徹するなら、こんなシーンは必要ないだろう。だが、このやりとりに大人は思わず目頭が熱くなる。

 

その他、ストーリーにおける複線の張り方も絶妙で、家族の趣味や習い事が全て後半パディントンを救う為の手段になっている為、家族のだれが欠けてもパディントンを救う事が出来なかったという演出になっているし、それぞれ家族の個性も際立っていて、映画として非常に良い効果を上げていたと思う。また本作の悪役は、落ち目になった俳優役でヒュー・グラントが演じているが、彼の輝いていた頃のブロマイド(本物)が写真立てに一瞬映るのだが、今の姿とのギャップが面白いやら悲しいやらでヒュー・グラントの身を削った演技が堪能できるし、エンディングのダンスシーンも含めて素晴らしかった。

 

ラストシーン、ルーシー叔母さんと再会したパディントンが彼女の胸に飛び込むシーンに、僕は「可愛すぎて泣く」という不思議な状況になったくらい、心の底から「良かったね、パディントン」という優しい気持ちになった。本当にエンドクレジットの多幸感も含めて、これだけ清々しい気持ちで観終わる事が出来る映画も稀だろう。パディントンの純粋さに心が洗われるのである。ファミリームービーとしても一本の映画作品としても、かなり高いレベルで成立していると思うし、一作目からの登場キャラクターも多数登場するので、前作含めて観るべき価値のある快作だったと思う。

 

最後に本作の監督ポール・キングは、多分シネフィルだと思う。突如、ジャン=リュック・ゴダールの1965年「気狂いピエロ」のオマージュシーンが現れるなど、実は映画ファンにも楽しめる一作となっていて、いちいちニヤニヤさせられるのだ。ああ、もう一度早くパディントンに会いたい。オススメである。