映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

会社員バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。過去の名作から、新作まで綴っていこうと思います。音楽についても書くかもしれません。

「いぬやしき」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

いぬやしき」を観た。

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監督:佐藤信

出演:木梨憲武佐藤健二階堂ふみ伊勢谷友介

日本公開:2018年


GANTZ」の作者、奥浩哉の人気漫画をあの「アイアムアヒーロー」の佐藤信介監督が実写映画化。うだつの上がらない初老の主人公を木梨憲武、かなりダークな設定の大量殺人鬼を「るろうに剣心」シリーズなどの佐藤健が熱演。彼らを取り巻く重要な役柄を、それぞれ本郷奏多二階堂ふみ伊勢谷友介らが演じている。原作マンガは未読。「名探偵コナン」「クレヨンしんちゃん」「レディ・プレイヤー1」と、4月の新作ラッシュの最中に公開された本作は、興行面では苦戦しているようだが内容はどうだったか?今回もネタバレありで。

 

あらすじ

自分の存在意義に疑問を感じ始めていたサラリーマン犬屋敷壱郎は、職場でも家庭でも居場所はなく、冴えない日常を送っていた。そして、その追い打ちをかけるかのように胃がんの宣告をされ、意気消沈する。ある日、拾った犬を散歩していると、謎の飛行物体が墜落し事故に遭ってしまう。そして近くにいた獅子神という高校生とともに、その日を境に身体に異変が訪れる。身体が機械として変型する様になり、手が武器になったり飛行出来たり、病気を治せる様になる。特殊能力を持った犬屋敷は人々を助けたいという思いから、自らの存在意義を見出していく。一方で、同じように特殊能力を持った獅子神は力を利用して殺人を犯すようになる。

 

感想&解説

事前の期待を大きく上回る傑作だったと思う。ただ、キャッチコピーにある「空飛ぶ映像トリップ!」を期待すると、「レディ・プレイヤー1」が隣の劇場で上演している環境では、どうにも分が悪い。これだけマーベルやDCコミックスのアメコミ映画が乱立して、ハイクオリティな映像を見慣れてしまった今、あれらのハリウッド作品と比較すると見劣りするのは仕方ないだろう。時間的にも実際の派手なアクションシークエンスは後半30分くらいの為、実際ネット上でも「ラストバトルに至るまでが退屈」と言った意見があった。では、この作品の面白さとは何かと言えば「キャラクター設定」である。

 

もちろんこれは原作が持つ面白さの部分なのだが、主演の木梨憲武演じるサラリーマン「犬屋敷」と、佐藤健演じる、高校生「獅子神」というキャラクターの「何故、彼らが戦うのか?」の部分を演出的にちゃんと積み上げていくので、非常に感情移入しやすい作りになっている。特に佐藤健演じる「獅子神」は、彼に降りかかる様々な不幸や家庭環境と、あまりに強大な力を持ってしまった全能性から、徐々に精神が壊れていく過程をしっかり表現していたと思う。獅子神が「俺は人間ではない。神になったのだ」というシーン。大仰な演出にすると醒めてしまいがちな場面だが、今作の佐藤健は、非常にドライでクールな高校生という役柄もあり、淡々とした言い方が逆に狂気を感じさせる良いシーンだった。

 

今作の「獅子神」というキャラクターは母親が自殺して以降、絶対的な「悪」として覚醒する。それは、クリストファー・ノーラン監督「ダークナイト」のジョーカーを彷彿とさせる、純粋な悪だ。この純粋悪と、木梨憲武演じる「犬屋敷」の逆に純粋な「正義」との戦いが、この作品のテーマだ。犬屋敷は家庭でも会社でも疎外され、疎んじられている存在である。捨てられた犬が居れば助けようとし、口もろくにきいてくれない家族すら、必死に守ろうとする。その彼が、絶対的な力を手に入れた時に行う事は「他者の命を救う事」だ。彼は死にゆく鳩を救い、病気の他人の子供を救う。それが今まで不毛な人生を歩んできた彼の「生きている意味」となる。

 

これは明らかに「キリストVSサタン」の構図だ。犬屋敷が子供の頬に手を当てると、病気が治癒する描写があるが、これはキリストのメタファーだろう。アメリカ映画であれば「キリストVSサタン」の構図をもっと前面に出すのだろうが、この作品ではあくまで「ヒーローVS悪役」の構図を突き通す。獅子神が「俺が悪役でジジイがヒーローかよ」と言うシーンに、作り手からの「これは日本製ヒーロー作品です」という宣言を感じる。だからこそ犬屋敷は娘の命を救った後にも、最後まで「僕にはまだ助けなきゃならない人達がいる」と、崩れた都庁に戻る。この人命救助は究極の利他的な行動で、まさしく「ヒーロー的な」行動に他ならない。

 

極めて実直に、ヒーロー映画としてのフォーマットを踏襲しながら、初老のくたびれた男を主人公に、イケメンの颯爽とした男を悪役に仕立て、それぞれのキャラクターを丹念に描いたのがこの作品の魅力のポイントだろう。だが、逆を言えばこのキャラクター設定以外の描写や説明は、かなり不足している。何故、犬屋敷と獅子神は身体を改造されたのか?改造したのは何者なのか?何処に行ったのか?何故、力を使うと喉が乾くのか?など、全く劇中では説明されない。原作を読んでいないので、もしかしたらその辺りの説明があるのかもしれないが、映画を観る限りは謎のままだ。ラストシーンで、生き残った獅子神は親友の元を去り、どこへ消えたのか?娘に正体を知られた犬屋敷は、これからそのまま人間として生活するのか?

 

だが、個人的にはこの謎だらけの作風に対して、逆に好感を持った。この乱暴な感じに、70年代のカルト映画的なパワーを感じたのだ。警察が民間人の家で一斉射撃するわ、死者は出すわとメチャクチャだし、先ほどの様に大事な設定の説明はほとんど無い。もちろん、ここを持って不親切だと怒る人の気持ちもわかるが、役者の演出、美術や画作り、そして「こういうカットが撮りたい」という作り手の熱意が伝わってくる力強い映画だと思う。本作「いぬやしき」は今年観たベスト10に入るくらいに大好きな作品になった。完成度が高いとか、歴史に残るといった類の映画ではないが、こういう邦画が観れるのは、映画ファンにとっては嬉しい体験だ。