映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

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「ファントム・スレッド」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

ファントム・スレッド」を観た。

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監督:ポール・トーマス・アンダーソン

出演:ダニエル・デイ・ルイス、ヴィッキー・クリープス、レスリー・マンヴィル

日本公開:2018年

 

ポール・トーマス・アンダーソン監督の三年ぶりの新作で通算八作目の本作は、名優ダニエル・デイ・ルイス主演の恋愛映画である。ダニエル・デイ・ルイスは、過去アカデミー主演男優賞を3度受賞、6度ノミネートしており名実共にイギリスを代表する俳優なのだが、本作「ファントム・スレッド」をもって引退を宣言している。またポール・トーマス・アンダーソン監督とは2007年公開の「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」から約10年ぶりの再タッグとなる。とにかく、ポール・トーマス・アンダーソン的としか言い様のない、独特の世界観を持つ作品であった。本作は第90回アカデミー賞で作品賞ほか6部門にノミネートされ、衣装デザイン賞を受賞している。今回もネタバレありで。

 

あらすじ

1950年代のロンドンで活躍するオートクチュールの仕立て屋レイノルズ・ウッドコック(ダニエル・デイ・ルイス)は、英国ファッション界の中心的存在として社交界から脚光を浴びていた。ウェイトレスのアルマ(ヴィッキー・クリープス)との運命的な出会いを果たしたレイノルズは、アルマをミューズとしてファッションの世界へと迎え入れる。しかし、アルマの存在がレイノルズの整然とした完璧な日常が変化をもたらしていく。

 

感想&解説

全く前知識なしで観に行ったのだが、想像していたイメージとまるで違った作品だった。一言で言えば、変態カップルの恋愛劇である。ファッション業界では天才的な仕立ての手腕を持つがワガママで独善的なレイノルズと、自由奔放で少しガサツなアルマの恋愛を描いていくのだが、これが非常にこじれる。まずレイノルズは、亡くした母親の幻想を常に追いかけており、理想の女性として崇めている。何故、最初のレストランでウエイトレスとして働くアルマを見初めたのか?だが、ぱっと見は明らかに冴えないこの女性に、母親の面影を見たのであろう。そのまま自らの別荘に連れ帰り、セックスではなく熱心にアルマの採寸をするレイノルズは、すでに偏執的な一面を見せている。肩幅が広く胸が小さいという、モデルとしては失格だと思われる体型の彼女を、自らのミューズとして生活の一部に招き入れるのである。

 

以前にもこういう女性を度々家に招いていた事が映画冒頭で描かれるが、いくら女性が愛を求めても、決してレイノルズはそれに応じない。彼にとっては美しいドレスを作る事が全てにおいて優先され、更には彼の母親以上に女性を愛する事はないからだ。この理想の女性の幻想を追い求めてしまう男の狂気を描くという意味では、アルフレッド・ヒッチコックの1958年「めまい」が有名だが、本作は更に姉のシリルという女性が、常にレイノルズの傍らにいて一番の理解者として君臨するので、ますますアルマの恋は一筋縄ではいかない。

 

逆にアルマは今まで自信の無かった自分に対して全てを肯定してくれる、アーティストのレイノルズに恋をする。だが、レイノルズは彼女に服従を求め、本質的なアルマの人間性に惹かれた訳ではない為、常に彼女の言動にイラつきを覚えるのである。特に食事シーンのアルマが立てる「音」の演出は、非常に悪意がこもっており、ナイフが擦れる音、パンにバターを塗る音、水を飲む音など、これら全てのSEが必要以上に大きく、我々観客も不快な気持ちになる様に設計されている。繊細なレイノルズには、アルマの立てる音がこれほど大きく聞こえているのだという演出がされているのである。よってレイノルズは彼女に強く当たり、アルマは傷付いていく。

 

だが、そんなアルマにもレイノルズを懐柔させる方法を知るのである。それは、レイノルズを肉体的に弱らせる事だ。具体的には、毒キノコの粉を紅茶に入れる事により、彼は体調を崩し、アルマの看病を受ける事になるのだが、元より母親の幻想を追っているレイノルズはまるで赤ん坊のようにアルマに甘える。そして、その衰弱しているレイノルズを幸せそうに見守るアルマ。遂には母親の幻覚を見て、レイノルズは翌日アルマに求婚までしてしまう。だが、そんな事で結ばれた結婚が上手くいくはずもなく、やがてレイノルズの気持ちは再び離れていく。

 

そして、衝撃のラストシーン。今度は毒キノコをそのままバター炒めにして、差し出すアルマ。そして、それを無言のまま食べるレイノルズ。「あなたには無力で倒れていて欲しいの」というアルマに、倒れる前にとレイノルズは熱いキスをする。まるで、アルマの行動の意味を知りながら、それを受け入れた様に。事実そうなのであろう。更に衰弱して幼児化するレイノルズの頭を膝の上に置いて、アルマは幸せな時間を夢想するシーンで映画は終わる。まさに倒錯的な恋愛を描いた作品であり、ファッション業界の華々しさをメインに描く作品ではない。あくまで、仕立て屋というキャラクターの設定として使っているだけで、本質はアブノーマルなSM的恋愛映画なのである。

 

非常にストーリーの起伏が少ないアートな作品だ。ドレスやセットの美しさはもちろん楽しめるが、ほぼダニエル・デイ・ルイスの引退作として、彼の演技を堪能する為の作品であると言えるだろう。そこに「レディオヘッド」のジョニー・グリーンウッドが担当した、静謐で上品なピアノ曲が重なる。本作は音楽が本当に素晴らしい。決して、エンターテイメントな楽しい作品ではないが、超大作だけでなく、こういう映画が日本でもちゃんと公開される事は素直に喜びたい。ポール・トーマス・アンダーソン監督は、「ブギーナイツ」や「マグノリア」の初期とは違い、近作「ザ・マスター」「インヒアレント・ヴァイス」と、徐々に難解な作風へシフトしつつあるようだ。また次回作が楽しみである。