映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

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「ゲティ家の身代金」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

ゲティ家の身代金」を観た。

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監督:リドリー・スコット

出演:ミシェル・ウィリアムズマーク・ウォールバーグクリストファー・プラマー

日本公開:2018年


近作に「オデッセイ」「エイリアン:コヴェナント」と快作が続いている、リドリー・スコット監督の最新作。監督として、40年以上のキャリアを持ちながら、今だに一線級の作品を作り続けている名匠である。本作はジョン・ピアースンが1995年に発表したノンフィクション小説をベースに、1973年に実際に起こったゲティ3世の誘拐事件を描いている。日本ではR15+指定で公開されるが、これは劇中で描かれる「耳切りシーン」のせいだろう。特にハッキリと描く必要のないシーンにも関わらず、レーティングを上げてでもこの辺りを躊躇なく描くところに、リドリー・スコットの異様なこだわりを感じる。今回もネタバレありで。

 

あらすじ

1973年、大富豪ジャン・ポール・ゲティ(クリストファー・プラマー)は孫のポール(チャーリー・プラマー)を誘拐され、1,700万ドルという高額の身代金を要求されるが、守銭奴でもあったゲティは支払いを拒否する。離婚して一族から離れていたポールの母ゲイル(ミシェル・ウィリアムズ)は、息子のために誘拐犯とゲティの双方と闘う事になる。一方、犯人は身代金が支払われる気配がないことに苛立ち、徐々に行動をエスカレートさせていく。

 

感想&解説

作品の評価よりも、本作でゲティを演じていたケビン・スペイシーがセクハラ疑惑で訴えられた為、急遽クリストファー・プライマーで再撮影をし、なんとわずか9日間の撮影期間で公開日に間に合わせたというエピソードが、公開前から話題となっていた本作。だがそれでもクリストファー・プライマーは、アカデミーとゴールデングローブの助演男優賞にノミネートされるという快挙を達成している。確かに、むしろケビン・スペイシーが演じていたより良かったのでは?と思えるほどの快演を見せているクリストファー・プライマーは、なんと御歳88歳らしい。リドリー・スコット監督80歳と共に元気なお年寄りたちである。


では、本作は作品としてどうかと言えば、リドリー・スコットらしい手堅いサスペンス作品であったと思う。息子ポールを誘拐されたミシェル・ウィリアム演じる、母親のゲイルが誘拐犯と必死に交渉しながらも、義理の父親である大富豪のジャン・ポール・ゲティはその身代金を一切出さないと言い張る為、その間で、彼女が苦悩するというのがメインストーリーである。まず映画開始早々に、このゲイルの夫であり、ジャン・ポール・ゲティの息子であり、ポールの父親である男の転落ぶりから「金の持つ魔力」がありありと表現される。


貧しいながらも子煩悩で妻想いの男が、ジャン・ポール・ゲティの元で働き、大金が手に入った途端にドラッグと女に走り、あっさりとゲイルとの家庭は崩壊する。金がある事がそのまま幸せに直結しない事を、改めて思い知らされるシークエンスだが、劇中で「金を稼ぐこと」と「金持ちになること」は違うと、富豪ゲティは断言している。稼ぐことは誰でも出来るが、金持ちであり続けるには、金目当てに信用出来ない人間が集まって来る事、ドラッグやアルコールなど様々な誘惑にかられる事など、多くの困難が伴う事を指摘する。


そんなゲティだが、彼は彼で完全に金に操られた守銭奴として描かれる。ホテルに居ながらランドリー代をケチって下着は自分で洗うし、豪邸に公衆電話を設置することにより、来客の電話代を浮かせようたとしたり(ここは思わず劇場からも笑いが起きていた)、金は十分にあるが孫の身代金は出さないと宣言したりという徹底ぶりである。かと言って、孫への愛情がない訳ではないのだが、やはり大金は払いたくないというアンビバレントな行動で、観客はどこまでもゲティの考え方を理解出来ない。自分の目的以外に金を手放す事が、いかなる理由においても我慢がならない人物なのである。


これは個人的に、2008年ポール・トーマス・アンダーソン監督の傑作「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」の主人公、ダニエル・プレインヴューを思い出した。あの作品も、石油王の狂気を描いた作品だったが、あの孤独な大富豪の姿が、今作のジャン・ポール・ゲティと重なったのである。だが、ゲティの特徴として、美術品の収集には金を惜しまないという点がある。劇中でも、フェルメールの絵画が登場するが、人間はすぐに変化してしまうが、美術品の美しさや価値は変化しないという独特の価値観がここでも発揮しており、このゲティというキャラクターを特異なものにしている。また終盤のポールへの身代金の額を税金控除の金額まで値切ったあと、自らの豪邸を建てる計画を話すゲティは、まるで狂人の様に映る。自らをローマ皇帝の血筋だと豪語する、このジャン・ポール・ゲティという人物の、飽くなき金への執着と利己主義がこの作品の大きな特徴と言えるだろう。


正直、不満点も多い作品だ。誘拐犯から耳を切られるが、最終的に身代金と引き換えにポールは解放される。ただ、終盤で金を受け取った犯人側が警察に追われている事を知りながら、何故リスクを冒してまで一度解放したポールの命を、あそこまで徹底的に奪いに来るのか?は不明で、映画を盛り上げる為という以上の理由は無いように感じた。もう大金は手に入っているのだから、さっさと逃げればいいのにと思うが、このあたりはフィクションの部分であろう。またゲティが死んだ後、何故かゲイルが会社や遺産を相続する流れになっていたが、孫が14人いると言っていた為、他の兄弟や親戚と相続争いにならないのか?、マーク・ウォールバーグ演じる元CIAはほとんど犯人との交渉を母親に任せて、ゲティとの口論シーン以外は何も活躍していないなど、後半は不満も多い。


シンプルな誘拐事件なので、正直全体のストーリーとしては若干弱いだろう。特に誘拐犯罪ものとしては盛り上がりにも欠けるし、上映時間も少し長めなので退屈に感じる方もいると思う。だが美しいイタリアの街並みの中で繰り広げられる、ミシェル・ウィリアムズとクリストファー・プライマーの演技合戦と、このゲティというキャラクターの怪物性は、リドリー・スコット監督の演出と合わせて一見の価値はあると思う。監督のエイリアンシリーズから脈々と続く「困難と戦う女性」を描く最新作として、個人的にはまずまず楽しめた。