映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

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「レディ・バード」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

レディ・バード」を観た。

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監督:グレタ・ガーウィグ

出演:シアーシャ・ローナンローリー・メトカーフルーカス・ヘッジズ

日本公開:2018年


本年度ゴールデン・グローブ賞で作品賞と主演女優賞の二冠、更にアカデミー賞でも5部門ノミネート、米映画レビューサイトでも評論家から大絶賛を集めた、青春劇。主演は本作で三度目のアカデミーノミネートとなったシアーシャ・ローナン。監督は女優として「20センチュリー・ウーマン」などに出演しながら共同監督や脚本を手がけ、本作が単独監督デビュー作となったグレタ・ガーウィグ。自伝的な要素をかなり取り入れているらしい。今回もネタバレありでレビューしたい。

 

あらすじ

レディ・バードと名乗り、周囲にもそう呼ばせているクリスティン(シアーシャ・ローナン)。高校生最後の年に看護師の母マリオン(ローリー・メトカーフ)と進学先を決めるために大学見学に行くが、帰りの車中で地元のカリフォルニア州サクラメントから離れて都市部の大学に進みたいと言ったことから大げんかになり、レディ・バードはそのまま車からダイブしてしまう。

 

感想&解説

映画冒頭、母娘の登場シーン。車に乗ってカセット・ブックで朗読される「怒りの葡萄」の物語を聴きながら、二人は涙を流している。このシーンから、この親子は同じ感性を持った似た者同士である事が、セリフの説明ではなく語られる。だがこの直後、娘の進学についての口論が始まり、主人公のレディ・バードは母親の運転する車から飛び降りてしまう。この作品は、本当は似てるのにお互いに素直になれない母娘の物語をメインに描く、ある高校3年生の一年を描く青春ドラマだ。


自らを本名ではなく「レディ・バード」と呼ばせる主人公は、今の自分が置かれている環境に満足しておらず、「ここではない何処か」を夢見ている。だが何か特別な才能があるわけでは無く、勉強もイマイチ。生徒会長に立候補していたが落選、演劇はやっているが彼氏と会えるからであって、これが彼女の本当にやりたい事ではない。突発的に問題行動を起こし(突然車から飛び降りたように)、クラス全員の成績表を捨てたり、カソリック系の高校の為、中絶反対派のセミナーで反抗的な態度を取って停学となったりする。


そんなレディ・バードに対して、母親マリオンは苛立ちを募らせる。父親はリストラに遭い、養子の兄はろくに働かず彼女と居候、自分だけが看護士として昼夜を問わず働いている為、マリオンの頭には常に「お金の事」が渦巻いている。だからこそレディ・バードの家庭の状況を顧みない金銭感覚や、将来への甘い展望に我慢出来ず、彼女に辛く当たってしまうのだ。だが劇中、兄の彼女が言うようにこの母親はとても寛大だと思う。実質かなり生活は苦しいと思うのに、彼氏のおばあちゃんの家に招待された時と、プロムパーティ前にレディ・バードのドレスを買うシーンが二回もある。口では厳しい事を言うし、表現も不器用だが、本当は娘を愛している事が端々から伝わってくるのである。


劇中、母親が「あなたを育てるのにいくらかかってると思ってるの?!」と停学になった娘に激怒するシーンがある。それを受けて、レディ・バードが「働ける様になったら全額返すわ!」と啖呵を切るのだが、その直後のシーンでは寝っ転がってジュースを飲み、テレビを観ている。ここから、彼女が威勢の良い事を言っても結局は親の庇護から抜け出せない、普通の高校生であることが浮かび上がる。だがこのレディ・バードの姿を観て、程度の差はあれど、自分も高校生の時に親に反抗したり、自分の要求を退けられた時に酷いことを言ったなぁと思い出す人は多いと思う。これがいわゆる等身大の高校生の考え方だし行動だと、映画を観ながらそのリアルさに感心するのである。そういう意味で、本作の主演を務めているシアーシャ・ローナンの演技は、本当に素晴らしい。


そんなレディ・バードだが、映画の後半、急激に成長していく事になる。また監督のグレタ・ガーウィグは、それを映画的な手法で上手に描いていくのだ。恋愛至上主義だったレディ・バードが、彼氏の「プロムに行かない」という発言に対して、自分の意思をはっきり伝えて「私は行く」と言い、疎遠だった親友ジュリーを誘った時。その後のジュリーとの友情を確かめ合う時のシーンの美しさ。免許を取って、出身地のサクラメントを運転した際、今までと違った景色を見て地元の素晴らしさを再確認した時。その姿にオーバーラップする様に母親が車を運転する姿が重なり、やはり二人は似た者同士の親子なのだとスマートな演出で見せきる手腕。


NYに渡った後で、知り合った男に自分の音楽プレーヤーのリストを「安直でベタな曲ばかりだ」と非難された時、「それでもヒットした曲なのよ、悪い?」と言い返す時。以前のレディ・バードだったら、先進的な自分をアピールする事に必死になったと思うが、好きなものを好きだと主張できる様になった事や、この「安直でベタな曲」というワードには、NYに対しての地元サクラメントという意味も投影されていて、NYに引っ越したけどやはり自分のルーツは忘れないという、脚本上の巧さも感じる。


そして彼女は「レディ・バード」というあだ名を捨てて、親にもらったクリスティンを初めて名乗る。親離れをして、初めて自分のアイデンティティを確立した訳である。ラストシーン、親に電話で感謝を述べるというのはあまりに甘くウェットになり過ぎかとも思ったが、それでもこれは言葉にして正解だろう。彼女の成長が分かりやすく、観客に伝わるからだ。この作品は、やはりある程度の年齢を重ねた大人が観ると、高校生の時の自分を重ねながら親の気持ちも分かる為、多面的に映画からのメッセージを受け取れるはずだ。特に女性には強く共感できる作品になるのではないだろうか。各登場キャラクターの魅力も含めて、青春ドラマの傑作がまた新しく生まれたと思う。