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会社員バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。過去の名作から、新作まで綴っていこうと思います。音楽についても書くかもしれません。

「ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー」を観た。

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監督:ロン・ハワード

出演:オールデン・エアエンライクウディ・ハレルソンエミリア・クラーク

日本公開:2018年


スター・ウォーズ」のスピンオフとしては、2016年ギャレス・エドワーズ監督の「ローグ・ワン」に続く第2弾作品。監督は2001年「ビューティフル・マインド」や2006年「ダヴィンチ・コード」のロン・ハワード。昨年末に「最後のジェダイ」が公開されたばかりなので、もうスター・ウォーズの新作が観れるのかと嬉しい反面、ディズニー体制でのシリーズ作の乱発ぶりに少し食傷気味なのも事実だが、あの「ハン・ソロ」の若かりし頃の姿を描くとなればスター・ウォーズファンとしては観るしかない。しかし本作、本国アメリカでは興行収入的に予想を大きく下回る結果となっており、次のスピンオフ作品は凍結かもとの噂が流れている。さて、作品のクオリティとしてはどうだったのか?今回もネタバレありで。

 

あらすじ

帝国軍が支配する時代。惑星コレリアで生まれ育ち、自分の力だけで生き抜いてきたハン・ソロオールデン・エアエンライク)は、銀河で一番のパイロットになるという夢を抱いていた。やがて宇宙に飛び出した彼は、チューバッカ(ヨーナス・スオタモ)という相棒を得る。彼らは、幼なじみの美女キーラ(エミリア・クラーク)らと一緒に、危険な世界に通じたトバイアス・ベケットウディ・ハレルソン)が率いるチームに加わり、壮大な冒険に身を投じる。

 

感想&解説

スター・ウォーズ」シリーズを監督するというのは、よほどの重責だろう。全世界に存在するファンたちの厳しい目に晒され、革新的な事をやれば「こんなのスター・ウォーズじゃない」と酷評され、お約束を守れば「保守的で凡庸な作品」と嘲りを受ける。つまり100%ファンに受けるスター・ウォーズを作る事はほぼ不可能なのだと思う。それぞれの熱狂的なファンの頭には、理想的なスター・ウォーズが描かれており、その理想に近い作品じゃないと不満を感じる為だ。


昨年公開された「最後のジェダイ」は、その典型的な例だろう。監督のライアン・ジョンソンはかなり冒険的なスター・ウォーズを作ったと思う。それに対しての賛否両論が評論家とファンの中で巻き起こり、熱心なファンからかなりの酷評を浴びせられた作品となった。それはルーク・スカイウォーカーの死から、フォースの魔法的な扱い、妙なギャグ演出など今までのスター・ウォーズのお約束を破った作品であり、ファンがまるで聖典を汚された様な気持ちになった結果だ。そして、僕も公開当時は違和感を感じた一人だった事は言うまでもない。


だが「最後のジェダイ」にひとつだけ良かった点がある。それはラストシーンである。奴隷のような少年がルーク亡き後、厳しい環境に置かれながらもホウキをライトセーバーのように構え、宇宙を見上げるシーン。ジェダイの意志は死なないという明確なメッセージと共に、何故かライアン・ジョンソンスター・ウォーズへの強い愛情を感じたのである。このシーンがあるだけで、僕は「最後のジェダイ」を嫌いにはなれないのだが、恐らくスター・ウォーズを監督するのに最も必要な資質は「どれだけスター・ウォーズを愛しているか」だと推察する。世界中のファンを敵に回しても、自分のビジョンを貫いて、まだ観たことのないスター・ウォーズを観客に提供するのだという気概が絶対に必要で、「最後のジェダイ」はそれが強過ぎたあまりに不評を買ったのだが、その革新性とお約束のバランスが上手く成立していたのが、前々作「フォースの覚醒」だと思う。


そこで前置きが長くなったが本作「ハン・ソロ」である。正直、アクション映画としてはそれほど悪くない。画面は派手だし、荒唐無稽な面白いシチュエーションが楽しめるので飽きずに観られる。ただ残念ながら、そこまでの作品と言わざるをえない。若きハン・ソロの活躍を描く作品としては決定的に「熱量」が足りないのだ。まず「エピソード4」のモス・アイズリー宇宙港でチューバッカと初登場したあのハン・ソロと、今画面上で話をしている男がどうしてもイコールで結び付かない。もちろんハリソン・フォードと主演のオールデン・エアエンライクは余り似ていないというのも要因だと思うが、なにより設定に違和感が残る。


この作品におけるハンの行動理由は、しぶしぶ負った「借金返済」の為であり、最も大きな目的は恋人キーラを助ける事の一点に集約される。その為に、とにかく本作のハン・ソロはキーラの事を追いかけ回してばかりいる。若さ故とも言えるが、ハン・ソロってこういうキャラクターだっけ?と何度も首を傾げてしまった。エピソード4~6のハン・ソロはもっと粗野で口も悪く、恋愛には不器用な男だったはずだ。だが、本作のハンは凡庸な色ボケの軟派にーちゃんにしか見えない。これはハン・ソロのスピンオフ作品としては致命的だろう。


もちろんチューバッカとの出会いや、ミレニアム・ファルコン号をめぐるランド・カルリジアンとの賭博シーンなど、ファンが観たかったシーンも押さえてはいる。だが、それらも想像の範囲を超えてはくれない。その事実だけを淡々と映しているだけで、何十年もファンが頭の中で描いていた夢の場面を超えるマジックは起こっていないと感じた。一言で言えば、ハン・ソロという魅力的過ぎるキャラクターを主演においたスピンオフ作品としては、あまりに「薄過ぎる」のだ。これはロン・ハワードという職人監督の資質にも通じる事かもしれないが、もっとバランスが悪くても「熱さ」を持った、はちゃめちゃなハンが観たかった。それが若きハン・ソロを描くという事だろう。


ロン・ハワードは確かに手堅く、きっちりと作品を仕上げるベテラン監督である。だが正直、本作からは「スター・ウォーズへの愛」は感じられない。ハン・ソロというパワフルで、ある意味複雑なキャラクターを描くのに適した人材とは言い難いのでは無いだろうか。「失敗出来ない」というディズニー傘下の良くない一面が露呈した例かもしれない。本作の監督は2014年の名作「レゴ・ムービー」のフィル・ロードクリストファー・ミラーが途中降板したらしいが、こちらの「ハン・ソロ」が観たかったところである。


最後に、これも取って付けたように突然「エピソード1」のダースモールが登場する。もちろんファンサービスのつもりだろうが、僕にはスター・ウォーズの世界が急に狭く感じられ、逆に不快であった。時系列的にもダースベイダーになるアナキンが幼少の頃に、ダースモールはオビワンに切られているはずだから、本作のハンとエピソード4~6のハンの年齢差を考えるとここで登場していいのか?という疑問は残る。


主演であるオールデン・エアエンライクのちょっとした笑い方や表情に、ハン・ソロの面影を垣間見て楽しむ分には良いが、作品全体としては厳しい評価になってしまった本作。改めて自分のスター・ウォーズという作品に対する思い入れに気付かされる結果となった。ただのSFアクション映画なら問題ない快作だとしても、本作は「スター・ウォーズ」シリーズであり、ハン・ソロのスピンオフなのである。期待値が上がるのは致し方ない。さて、いよいよJ.J.エイブラムス監督「エピソード9」の公開は2019年である。