映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

会社員バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。過去の名作から、新作まで綴っていこうと思います。音楽についても書くかもしれません。

バトル・オブ・ザ・セクシーズ」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

バトル・オブ・ザ・セクシーズ」を観た。

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監督:ジョナサン・デイトンヴァレリー・ファリス

出演:エマ・ストーンスティーヴ・カレルビル・プルマンアラン・カミング

日本公開:2018年


1973年に行われた当時29歳の天才女子テニスプレイヤーのビリー・ジーン・キングと、現役を退いた55歳のレジェンド、ボビー・リッグズが行った有名な“男女対抗試合”を主題とした、ノンフィクションドラマ。主演は「ラ・ラ・ランド」のエマ・ストーンと、「40歳の童貞男」や「フォックス・キャッチャー」のスティーブ・カレル。監督はデビュー作の「リトル・ミス・サンシャイン」で高い評価を得たジョナサン・デイトンヴァレリー・ファリス夫妻。作品の中に多くの示唆が含まれた、名作だったと思う。今回もネタバレありで。

 

あらすじ

女子テニスプレーヤーのビリー・ジーン・キング(エマ・ストーン)は、女子選手の優勝賞金が男子選手の8分の1であることなど男性優位主義に不満を募らせていた。男女平等を求めるために仲間とテニス協会を脱退した彼女は、女子選手の地位向上を掲げた女子テニス協会を立ち上げる。そんなビリーに元男子チャンピオンのボビー・リッグス(スティーヴ・カレル)が男性優位主義代表として対決を申し込むが、それには彼にとっての人生逆転の意味合いもあった。

 

感想&解説

劇場でたまたま隣の席に座っていた60歳くらいの女性が、ラストの試合シーンで実際のテニスの試合を観ているように、ビリー・ジーン・キングにポイントが入る度に声を上げて、一喜一憂していたのが印象深い。まさに当時の女性たちは、こんな風にして試合の行方を見守っていたのであろう。この作品は、1973年に行われた女子テニスプレイヤー「ビリー・ジーン・キング」と有名な男性シニアプレイヤー「ボビー・リッグズ」が行ったバトル・オブ・セクシーズ(性別間の戦い)を描いている。


集客力はまったく引けを取らないのに、女子の優勝賞金が男子の8分の1という事実に疑念を抱いたビリー・ジーン・キングが全米テニス協会に抗議し、女子選手たちと「女子テニス協会WTA」を立ち上げるところから物語は始まる。最近のハリウッド映画業界でも「ゲティ家の身代金」に出演した、マーク・ウォールバーグミシェル・ウィリアムズのギャラ格差が何十倍もあった事が発覚したが、そういう意味で現代でも十分にリアリティのある題材である。ちなみに「バトル・オブ・セクシーズ」の主演二人のギャラは同額らしい。


この時のビル・プルマン演じる全米テニス協会責任者の言い分があまりに馬鹿げていて、「男性選手の方がスピード感がある」とか「男性の方が家庭を養っている」とか、男性に8倍の賞金が出る理由としてまったく納得できず、これを聞いているだけで当時の女性の社会的な立場がどれだけ低かったかが浮き彫りになるし、70年代「ウーマン・リブ」の機運の重要性も理解できる。


この「WTA」はメディアにも露出して、自ら集客を行い徐々に軌道に乗ってくるのだが、これにスティーブ・カレル演じるボビーが目を付け、「男性優位」を見せつけようと彼女に公開試合を申し入れる。ただ、ボビーもただの男性至上主義者というだけでなく、実はギャンブル依存症である事や、圧倒的に立場の強い資産家である妻の愛を取り戻そうと悩んでいたりと、メディア向けの「道化師」として注目を集め、もう一度人生の輝きを取り戻す為に戦っている事が描かれる。彼は単純なセクシストでは無いのである。


これはビリー・ジーン・キングも同じで、献身的な夫がいながらも女性美容師のマリリンに惹かれてしまい、70年代には許されなかったLGBTの悩みに直面する。劇中、地位のある男たちが「女は男より劣る」「女は重圧に弱い」「女が活躍するのは台所と寝室だ」などといった信じられない発言を公の場で繰り返すのだが、この状況の中で、女性代表として戦う事のプレッシャーは計り知れないだろう。この作品、表面的には男女間で行われるテニスの勝敗を描いているが、実はそれぞれの選手が持つ人生の背景やアイデンティティの戦いであり、このキャラクター達の描き方が非常に上手いのである。


特にアラン・カミング演じる、女子チームの専属デザイナーのテッドが、勝利したビリー・ジーン・キングに伝えるセリフ。「もう少し時間はかかるけど、これからは自由に人を愛せるような時代になる」とハグするシーンは非常に印象的だ。テッドもゲイなのだが、ビリー・ジーン・キングもLGBTである事を見抜き、もっと多様性を尊重する時代が来ると彼は告げるのだ。彼にとって、この「女性側の勝利」とは単純な「男vs女」を超えた勝負に思えていたのだろう。


今作は非常にエマ・ストーンの顔に寄ったショットが多い。それもそのはずで、彼女の実際ビリー・ジーン・キングに似せたルックスもさる事ながら、その表情の多彩さに魅せられる。試合勝利の後、一人ロッカールームで泣くエマ・ストーンからは、今までの不安やプレッシャーと勝った事への安堵が入り混じった全ての気持ちが現れていて、素晴らしいシーンだった。またその全く逆の構図で、負けたボビーがロッカールームで座っていると、あれだけ取り戻したかった奥さんがふと現れる。このシーンがあるだけで、本作が単純な勧善懲悪を描く作品では無いことを感じるだろう。


劇中、ビリー・ジーン・キングが「女が男よりも優れているなんて言っていない。敬意を持って接して欲しいだけ」という意味のセリフを言う。これがこの作品のテーマを端的に示している。僕はエンドクレジットを観ながら涙していた。隣に座った見ず知らずの女性も、もちろん泣いていた。素晴らしい作品だった。