映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

エンタメ系会社員&バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。劇場公開されている新作映画を中心に綴っていこうと思います。

「A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

「A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー」を観た。

f:id:teraniht:20181122094800j:image
監督:デヴィッド・ロウリー

出演:ケイシー・アフレックルーニー・マーラ

日本公開:2018年


非常に意欲的な作品を発表し続けているアメリカの映画制作会社「A24」の新作が公開となった。近作だと「ムーンライト」「レディ・バード」などが有名だが、他にもドゥニ・ヴィルヌーヴ監督「複製された男」や、アレックス・ガーランド監督「エクス・マキナ」、レニー・エイブラハムソン監督「ルーム」、ヨルゴス・ランティモス監督「ロブスター」、マイク・ミルズ監督「20センチュリー・ウーマン」、デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督「アンダー・ザ・シルバーレイク」など、そのコンセプトの斬新さや面白さには疑いようがなく、多数の傑作を世に送り出している。日本でも、これから「イット・カムズ・アット・ナイト」や「ヘレディタリー/継承」といった注目作も公開になる為、とても楽しみにしている。本作の主演は「マンチェスター・バイ・ザ・シー」のケイシー・アフレックと「キャロル」のルーニー・マーラ。監督は長編三作目のデヴィッド・ロウリー。今回もネタバレありで。

 

あらすじ

田舎町の小さな一軒家に住む若い夫婦のCとMは幸せな日々を送っていたが、ある日夫Cが交通事故で突然の死を迎える。妻Mは病院でCの死体を確認し、遺体にシーツを被せ病院を去るが、死んだはずのCは突如シーツを被った状態で起き上がり、そのまま妻が待つ自宅まで戻ってきた。Mは彼の存在には気が付かないが、それでも幽霊となったCは、悲しみに苦しむ妻を見守り続ける。しかしある日、Mは前に進むためある決断をし、残されたCは妻の残した最後の想いを求め、彷徨い始める。

 

感想&解説

まず映画が始まった途端、画面サイズに驚かされる。なんとスタンダードサイズなのだ。この時点で非常に古風な映画を観ている気分になる。そして、その非常に狭い画面の中にケイシー・アフレックルーニー・マーラ演じる夫婦のゆったりとした幸せな時間が描かれるのだが、すでに冒頭からこの作品の独特な空気感がひしひしと伝わってくる。とにかく各カットの尺が非常に長いのだ。この情報量を制御したスタンダードサイズと、ロングテイクのおかげで画面上では何も起こっていないのだが、「これから何か起こるんじゃないか?」という緊張感が強く漂う作りになっている。


どうやら主人公の二人はあまり他者との関わりを持たない田舎暮らしをしているようで、ケイシー・アフレック演じるCは曲を作って生計を立てているミュージシャンらしい事がわかる。そしてルーニー・マーラ演じる妻のMは、この穏やか過ぎる生活に飽きてきているようだが、基本的には夫との間には強い愛があり幸せである事が描かれる。何故か家の中で物音がするという怪現象が起こるが、これは後半の展開への伏線だ。そして、夫のCが突如自動車事故で亡くなるところから大きく物語は動き出す。最愛の夫の遺体に白い布をかけて、死体安置所から出て行く妻。そして、カメラはまた長い長いロングテイクでその動かない白い布を被った遺体をひたすら映し続けるのだが、突然その死体がムクッと起き上がる。このタイミングと起き上がり方も秀逸で、僕は思わず劇場で声を上げそうになった。更にゴーストは病院内を歩き出すのだが、どうやらこの白い布を被ったゴーストCの事は、他の人には見えないらしい。そしてCは愛する妻のMがいる我が家に、幽霊となり歩いて戻ってくるというのが、この映画序盤パートである。


その後、幽霊となったCがひたすら妻Mの事を一方的に見守るという展開になり、4分間に亘って延々とパイを食べ続ける妻を見つめたり、玄関で他の男とキスする妻を見て嫉妬のあまりポルターガイストを起こしたりする。MはゴーストCの存在には気が付かないし、ゴーストCもMに話しかけたり触ったりは出来ない。この作品が成功しているポイントとして、この布を被ったゴーストが、非常に愛らしいというのがあると思う。布に二つの穴が空いているだけで表情は判らないのだが、何故かその佇まいにとても哀愁が漂っていて、愛すべきキャラクターになっている。この事から分かるように、この作品はホラー映画ではない。むしろ主人公は死んでいるけど、「ヒューマンドラマ」と言って良いと思う。


そして遂に妻のMは家を出て行き、ゴーストCは地縛霊となり取り残されてしまう。その際にMは壁のひびの隙間に何かメモを残すのだが、ペンキを上から塗ってしまい、取り出す事が出来ない。それがこの映画における謎となり推進力となる。Cはそのまま「家」から出ることが出来ずに、住人が変わり時代が過ぎてもその家を彷徨う。ただ、もう一度最愛の妻Mに会いたい、そしてメモに何が書いてあるのかを見たいというゴーストの気持ちが痛いほど伝わってくる。更にどうやらゴーストはCの他にもいるらしく、この世に強い想いを残したまま亡くなると、この布を被ったゴーストとして彷徨うという設定らしい。このゴースト同士のやりとりもシュールだし哀愁があって切ない。観客には字幕とジェスチャーで彼らの会話が判るのだが、非常に短いセンテンスでゴースト達は「もう一度会えるか分からないが、大事な人を待っている」事が描かれる。そして、それを諦めた時、彼らはこの世から消えるのである。


そして映画は大きな飛躍をみせる。ゴーストCは、時空を超えてタイムスリップするのだ。場所は変わらないが、様々な時代に現れ、様々な人に出会う。長い長い時間を旅するのだ。時には、無神論者がベートーベンの交響曲第9番の話を出し、どれだけ素晴らしいモノを創作をしても、いつか世界は終わるし神などいないのだと語るのを聞いたりする。だが、この映画はそれでも残るものはあるのだと伝えている。それが判るのはラストシーン、遂にCとMが最初に家に引っ越してきた時代にゴーストCはタイムスリップの末に行き着く。妻のMはこの家を引っ越したいと夫Cに伝えるが、それをCは断わり続けて二人の空気は険悪になっている。そこでゴーストCは、家の中で様々な怪音を響かせる事により、Cに引っ越しを決意させるのである。もちろん、自分が死んだ事故を回避させる意図もあっただろう。だが、それでも運命は変えられずCは死に、Mは家を離れて、やはり柱の中に手紙を残す。そして遂にこの手紙を読む事で、ゴーストCは成仏するのである。手紙の内容は劇中では語られない。だが、恐らくはCが生前にMに聴かせる「I Get Overwhelmed」というオリジナル曲に関連がある気がする。


初めて彼女がこの曲を聴いた時、特に目の前のCに感想は語らずその場を立ち去ってしまう。だが、彼女はその曲に強く感情を揺さぶられたのではないだろうか。その証拠に、Cが事故死した後、Mは一人でこの曲を聴き直している描写があるからだ。彼女は最後の手紙に、この曲の素晴らしさとCへの愛を書いたのだと僕は解釈した。ベートーベンの交響曲第9番よりも、この「I Get Overwhelmed」という曲が、二人をいつまでも結び付けているのだと。もちろん正解はない。これは観た人それぞれの解釈で良いと思う。


上品で静謐な名作だと思う。万人が良いという映画ではないが、個人的にはとても大切な作品になった気がする。映画という表現方法を駆使したアートなタッチの良作として、忘れがたい一本になった。デヴィッド・ロウリー監督も、今後の作品は必ずチェックすることになりそうである。