映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

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「ミスター・ガラス」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

「ミスター・ガラス」を観た。

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監督:M・ナイト・シャマラン

出演:ジェームズ・マカヴォイブルース・ウィリスサミュエル・L・ジャクソン

日本公開:2019年


M・ナイト・シャマラン監督の2001年作品「アンブレイカブル」と、2017年「スプリット」の世界観を引き継ぐ、まさかの三部作完結編。「スプリット」のエンドクレジットの後に、「アンブレイカブル」の続編があることが告知された驚きはかなりのものだったが、本作がそれに当る。思えばデビュー作の1999年「シックス・センス」から、ほとんどの作品を劇場で観ているという意味では、シャマラン作品は基本的に好きだと言えるが、作品のクオリティに差があり過ぎるのが難点だろう。近作では「ヴィジット」という傑作があったが、「エアベンダー」「アフター・アース」の様な駄作も少なからずあり、シャマラン作品は油断が出来ない。では本作はどうだったか?今回もネタバレありなのでご注意を。

 

あらすじ

フィラデルフィアのとある施設に、それぞれ特殊な能力を持つ3人の男が集められる。不死身の肉体と悪を感知する力を持つデヴィッド、24人もの人格を持つ多重人格者ケヴィン、驚くべきIQの高さと生涯で94回も骨折した壊れやすい肉体を持つミスター・ガラス。彼らの共通点は、自分が人間を超える存在だと信じていること。精神科医ステイプルは、すべて彼らの妄想であることを証明するべく、禁断の研究に手を染める。

 

感想&解説

一言で言えば、シャマラン監督の悪いところが全面的に出た作品だなぁという印象だ。この監督は、自らのオリジナル脚本にこだわるタイプだが、割とアイデア一発勝負の傾向があり、緻密に伏線を積み上げるタイプではないと思う。いわゆる「上手い脚本」ではないが、ヒネリがあるシンプルなストーリーと映画的な演出で作品を面白く観せる才能がある監督だろう。「シックス・センス」や「サイン」「ヴィジット」あたりはその才能が発揮された好例だ。前作「スプリット」も24人の多重人格というテーマは面白かったし、サスペンスかと思いきや、後半はモンスター映画のようなジャンルムービーになる展開も悪くなかった。それはストーリーとしてシンプルな作品だったからだ。


ところが本作は中盤くらいまで何を語りたいストーリーなのかが、サッパリわからない。通常の人間とは違い「ヒーロー」としての能力がある、「ダン(ブルース・ウィリス)」「ミスター・ガラス(サミュエル・L・ジャクソン)」「ケヴィン(ジェームズ・マカヴォイ)」の3人を、ステイプル博士という女性精神科医が捕獲して面談するのだが、ダラダラとただヒーローの能力を否定するだけで、なんの為に彼らを拘束しているのかがよくわからないし画面の変化が乏しい為、このあたりは強烈に眠くなる。端的に言ってつまらないのだ。


さらにライトが光ったり水が出たりと、ヒーローの弱点を突く部屋の装備は凝ってる割に、彼らの世話をしている警備員たちが余りに無防備で、なんの装備もなく普通に部屋に入って食事を出したりする為、鍵を奪われそうになったり挙句に殺されたりするというセキュリティの甘さも、この組織の在り方にちぐはぐ感を残す。結果、ステイプル博士は世界の均衡を保つ為に、ヒーローの能力を封じる組織に属していることが分かるが、最終的にケヴィンを銃殺するタイミングも謎だし、そもそも人類の均衡を保つのが目的なら確保した段階で最初からヒーロー達を殺せば良いしと、懐柔したいのか?制圧したいのか?抹殺したいのか?が最後まで観てもよく分からない。


それはミスター・ガラスの行動も同じで、わざと手間をかけて施設を脱出し、通路にあるカメラの映像にダンとケヴィンの行動を記録させ、彼らが暴れている様からヒーローが実在することを世界に知らしめることが目的だったというのだが、あの映像を観て彼らを「ヒーロー」だと世間は思うだろうか。ただの力持ちが車をひっくり返したり、扉を破壊しているだけのように見えると思うのだが。ヒーローとは自らの危険を顧みずに人命救助を行うから羨望するのであって、あれでは力自慢の映像に過ぎないだろう。しかも、ミスター・ガラスはそもそも列車事故の犯人な訳で、ラストで「ヒーローの存在を信じろ」とか「自分の能力は隠さないで良い」とか、良き事のように言われても全く心に響かない。


後半は多重人格の割に都合よく「ビースト」が出てくるなぁとか、あまりにアクションシーンが迫力無さすぎとか、ストーリーのテンポが悪過ぎるとか、全体にバランスの悪いところがあり過ぎる。そもそも「アンブレイカブル」「スプリット」を観てない人は、冒頭から完全に置いていかれるので、この二作は少なくとも観ている前提だが、観ていても前述のようにストーリーに入り込めない。昨今のMCUに代表されるヒーロー映画の新しい解釈という見方もあるかもしれないが、少なくとも水が弱点とはいえ、あんなに浅い不自然な水たまりに顔を押し付けられて死ぬヒーローや、そのヒーローを見つける為だけに何百人もの命を犠牲にするキャラ、多重人格とはいえ女性を誘拐して怖がらせるサイコパスたちに感情移入は出来ないし、そんな特殊能力なら必要ない。彼らの存在によって世界が混乱しているのは間違いないだろう。何故ならヒーローとヴィランは表裏一体なので、新たなダンが登場すれば、新たなミスター・ガラスが現れてまた悪事を働くかもしれないからだ。だからこそ、逆説的にステイプル博士が正しいと感じるストーリー展開になってしまっている。

 

何故か希望に満ちた演出のラストシーンを観ながら、この矛盾にモヤモヤした感情を残す本作は、「ミスター・ガラス」というあまりにセンスのない邦題と共に、近作のシャマラン作品では久しぶりに肌が合わない作品であった。本作にも監督本人が登場していたが、また次作は彼の得意なシンプルでウェルメイドなジャンル映画を撮って欲しいものだ。