映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

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「サスペリア」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

サスペリア」を観た。

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監督:ルカ・グァダニーノ
出演:ダコタ・ジョンソンティルダ・スウィントン、ミア・ゴス、クロエ・グレース・モレッツ
日本公開:2019年

 

イタリアンホラーの巨匠ダリオ・アルジェント監督の1977年の傑作「サスペリア」を、同じイタリア人監督で昨年「君の名前で僕を呼んで」を発表した、ルカ・グァダニーノがリメイクした話題作。主演は「フィフティ・シェイズ」シリーズのダコタ・ジョンソン。さらにルカ・グァダニーノ作品では度々キャスティングされるティルダ・スウィントンや、クロエ・グレース・モレッツが共演している。そして、今作の劇伴音楽はレディオヘッドトム・ヨークが担当しており、「Suspirium」「Has Ended」「Open Again」といった美しくも悪夢的なサウンドを提供している。サントラも名盤なのでこちらもおススメだ。レディオヘッドのメンバー、ジョニー・グリーンウッドと共に今後の映画音楽作家としての活動も楽しみである。今回もネタバレありで。

 

あらすじ

1977年、ベルリンを拠点とする世界的に有名な舞踊団<マルコス・ダンス・カンパニー>に入団するため、スージー・バニヨンは夢と希望を胸にアメリカからやってくる。初のオーディションでカリスマ振付師マダム・ブランの目に留まり、すぐに大事な演目のセンターに抜擢されるが、そんな中でマダム・ブラン直々のレッスンを続ける彼女のまわりで不可解な出来事が頻発し、ダンサーが次々と失踪を遂げる。一方、心理療法クレンペラー博士は、患者であった若きダンサーの行方を捜すうち舞踊団の闇に近づいていく。そして、舞踊団に隠された恐ろしい秘密が明らかになっていくのだった。

 

感想&解説

個人的には2019年ベスト10級の作品が、いきなり公開されたなぁという感想だ。ただし、この作品はかなり人によって評価に差が出ると思う。実際、ヴェネチア国際映画祭で上映された際は、その過激なシーンの数々にオーディエンスの反応は賛否両論だったようだし、日本の初動レビューも激烈な拒否反応が多くあまり芳しくない様子である。まず、ホラー映画としては異例の152分という上映時間の長さもハードルだし、R15+とはいえ思ったよりも強烈なゴア描写がある為、そういった表現が苦手な方は避けた方が賢明かもしれない。ただ強烈な映画体験が出来ることは間違いないし、これだけ換骨奪胎しながら独自の世界観を作ったリメイク作品は、この先の映画史でもなかなか現れないだろう。

 

まずダリオ・アルジェント版の「サスペリア」とは、ほぼ違う作品だと言って良いと思う。もちろん名門ダンス学校といった舞台設定や魔女集団というモチーフ、登場人物名は踏襲しているものの、主人公スージーのキャラクター設定から映画の雰囲気、物語のオチまで全てが違う。ダリオ・アルジェント版は極彩色をふんだんに使った色彩設計と古典的なオカルト展開、イタリアン・プログレバンド「ゴブリン」の独特なサウンドと、77年当時としてはかなりショッキングな作品であったが、今作はもっと前衛的なアート作品の要素が強い。それは前作がクラシックバレエの学校だったのに対し、今回はコンテンポラリー・ダンスであることからも垣間見える。また画面の色合いも雪のベルリンが舞台なだけに、白とグレー、黒を基調としたかなりシックで落ち着いた色調だが、その中に突然強烈な「赤の衣装」が映えるという設計になっており、かなり統御された作品という印象を受ける。

 

また前作とはダンスシーンの意味合いもかなり違う。ダリオ・アルジェント版は「女性だけの環境」という舞台を用意するためのバレエ学校という設定で、ダンスは直接的にはストーリーに関係なかったのに対し、今作はダンスが「処刑のための儀式」だったり「悪魔復活の儀式」だったりと物語の推進力になる。このことから、かなり長い尺を取って彼女たちのモダンダンスが劇中で披露され、その奇抜な衣装や動きがさらに観るものをアートな世界に誘う。映画中盤、スージーのダンスとシンクロして、学校から逃亡しようとしたオルガが、体中の骨を捻じ曲げられ瀕死状態になるシーンの美しさとグロテスクさとの対比。舞踏「民族」の完成されたダンスと、その裏でスージーの友人であるサラが折れた足の骨を突き出しながら遭遇する混乱との対比。この映画ではダンスと合わせ鏡のように恐怖が表現される。

 

そして、なんといっても今作の白眉は終盤のダンス学校の主である「マザー・マルコス」の登場シーンからの一連のシーンだろう。太りきり全身が爛れた皮膚で覆われた、そのあまりに醜い姿。自らの生存のため新しい魂の器になる少女を探すことを目的に、ダンス学校を主宰していたというマザー・マルコスは、スージーをその対象に選ぶ。だが、逆にスージーはその場に「黒き異形の怪物」を呼び寄せる。その姿を見たマルコスはスージーに「お前は何者だ?」と叫ぶ。それに対し「あなたは3人の魔女のうち、誰に選ばれたの?」と問いかけると、マルコスは戸惑いながら「マザー・サスピリオルム」と答えるが、なんとスージーは「私がサスピリオルムよ」と告げる。その後は、主人公スージー=サスピリオルムが、マザー・マルコスを含むダンス学校に巣食う魔女たちを文字通り血祭りに上げていくという大虐殺シーンになるのだが、この場面のエグさと流血量はすさまじい。だが同時に観るものを恍惚とさせる、すごいパワーとカタルシスがあるのも事実なのである。

 

この「3人の魔女」とは、77年「サスペリア」の続編である「インフェルノ」や三作目「サスペリア・テルザ 最後の魔女」というダリオ・アルジェントの魔女三部作にて、「溜息の母」「暗黒の母」「涙の母」という魔女が登場したのだが、ここから来ている。「マザー・サスピリオルム」とは「溜息の母」のことで、主人公スージーこそが彼女たちが崇拝する魔女そのものだったというオチなのだ。まさに77年度版とはまったく違う展開に、前作のファンこそが驚く展開となっている。主人公スージーを演じるダコタ・ジョンソンのラストシーンにおける堂々とした佇まいと美しさは、魔女ではなく神をも想起させる。そして、妻をホロコーストにより亡くした本作唯一の男性キャラクターのクレンペラー医師に彼女が告げる真実から、本作は愛の物語でもあることが解るのだ。

 

他の役者としては、オリジナルのヒロインであるスージーを演じていたジェシカ・ハーパーが重要な役で登場し旧作ファンを喜ばせるし、何といっても主要キャラ3役をこなしたティルダ・スウィントンが素晴らしい。本作唯一の男性キャラクターと書いた、クレンペラー医師も実はティルダ・スウィントンが演じており、本作の主要キャラには男性俳優が一人もいないこともこの映画に独特な「いびつ感」を生んでいる一因だと思う。権力に溺れ妄信的に魔女を信奉するこのダンス学校の混乱は、当時のドイツで起こっていたテロや暴動といった国の情勢とリンクする。映画内のテレビから唐突と報じられるドイツ赤軍によるテロの顛末は、マザー・マルコスが目指した理想郷のそれと呼応しているのだろう。

 

エンドクレジットの途中で突然スージーが画面に現れ、スクリーンのこちらに向かって謎の仕草をするが、これはラストで彼女がクレンペラー医師の記憶を消した時の仕草に似ている。まるでこの映画を観た観客の記憶そのものを消すような演出である。だがルカ・グァダニーノ監督の作り上げた本作「サスペリア」の記憶は、正直なかなか消すことは難しい。トム・ヨークの奏でる暗澹としたサウンドと共に各シーンが頭にこびりついて離れないのだ。「決してひとりでは見ないでください」のキャッチコピーは同じだが、本作は単純なリメイクにとどまらない、ダリオ・アルジェントとは違う解釈で「サスペリア」を再構築した傑作と言って良いと思う。美しい映画だった。