映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

エンタメ系会社員&バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。劇場公開されている新作映画を中心に綴っていこうと思います。

「運び屋」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

「運び屋」を観た。

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監督:クリント・イーストウッド

出演:クリント・イーストウッドローレンス・フィッシュバーンブラッドリー・クーパーマイケル・ペーニャ

日本公開:2019年


巨匠クリント・イーストウッドの最新作。前作「15時17分、パリ行き」から一年足らずでの新作なので、相変わらずのハイペースぶりである。イーストウッド自身も主演しての監督作では、2008年「グラン・トリノ」以来なので約10年ぶりらしい。本作は87歳の老人がひとりで大量のコカインを運んでいたという、実話をもとに作られたヒューマンドラマだ。共演は「アメリカン・スナイパー」のブラッドリー・クーパーや「マトリックス」のローレンス・フィッシュバーン、「アンタッチャブル」のアンディ・ガルシアらと非常に豪華。全米興行収入も1億ドルを突破して、久しぶりのヒット作となっているようだ。今回もネタバレありで。

 

あらすじ

87歳のアール・ストーンは仕事一筋に生きてきたが、今は金もなく、ないがしろにした家族からも見放されて孤独な日々を送っていた。ある日、男から「車の運転さえすれば金になる」と持ちかけられた彼は、簡単な仕事だと思って依頼を引き受ける。だがその仕事は、メキシコの麻薬カルテルによる運び屋だった。やがて、彼は大量の麻薬を運び出すことによって多額の報酬を得るが、麻薬取締局の捜査官の手が迫ってくる。

 

感想&解説

イーストウッドらしいとしか言い様のない、88歳を迎える今のクリント・イーストウッドだからこそ撮れた作品だと思う。ストーリーとしてはシンプルで、家庭を省みず人生の全てをデイリリーというユリの飼育に捧げてきた87歳の老人アールが、インターネットという時代の流れに逆らえず、仕事を無くしてしまう。そこで、車を運転して荷物を運べば大金が貰えるという仕事に出会い、自分の運んでいるものが大量の麻薬であることを知りながらも、それを生業としていく。生き甲斐だった仕事を無くした事と孫娘の結婚により家族の大切さに気付いたアールは、運び屋で得たお金でもう一度家族との関係を取り戻そうとするが、警察の手がすでにアールにも迫っていた。


そんな時、アールはマフィアのボスから大量のコカインを運ぶ大口の仕事を依頼されるが、アールの元妻の病気が発覚し、運び屋の仕事を中断して彼女の元に駆けつける。そこでの会話により、改めて今までの自分の人生の選択が間違っていたことに気付くが、元奥さんはそのまま亡くなってしまう。マフィアに捕まりまた運び屋の仕事に戻ったアールは、遂に待ち構えていた警察に捕まり、自ら罪を認めて刑務所に入る。そして刑務所でもユリを育てているシーンで映画は終わる。


言うまでもなく、家族を省みずにデイリリーというユリの飼育に没頭したアールとは、クリント・イーストウッドそのもので、「デイリリー」とは、イーストウッドにおける「映画」のことである。ユリの発表会でアールが育てたデイリリーが優勝し、登壇してジョークを込めたコメントをしていたが、その姿に映画監督として高い評価を得て、各映画賞を獲得している実際のイーストウッドを重ねてしまったのは僕だけではないだろう。12年も口を利いてくれない設定の娘役は、実際のイーストウッドの娘アリソン・イーストウッドだし、離婚した元妻というのも合致する。(イーストウッドは合計5人の女性との間に7人の子供がいる)まるでイーストウッドが自らの人生を振り返る様に、このアールというキャラクターを演じているように見えるのだ。ただ、実際のイーストウッドは未だに一流監督として映画を作り続けているが、インターネットに仕事を追われたアールを、若干の自虐と共に「もし映画が撮れなくなった時の自分」として重ねている可能性は充分あると思う。


このアールというキャラクターだが、犯罪に手を染めているという自覚があるにも関わらず、一切の悲壮感や反省がないのもこの作品の特徴だろう。車を運転しながら、終始カーステレオから流れる音楽と一緒に歌い、気ままに車を流す姿は、逆に清々しくもある。仕事の途中で寄り道して、ポークサンドを買うシーンでマフィアからもっと急げと急かされるが、「もっとゆっくり生きろ。人生を楽しめ」と告げるシーンなどから解るように、このアールというキャラクターは極めて楽天的なのである。この「車による旅」は人生のメタファーであり、もう爺さんなのに宿泊先でコールガールを呼んでしまうという女性にだらしないところも含めて、やはりアールは極めてイーストウッド本人を意識したキャラクターとしか思えない。


だからこそ、彼が語る「家族に勝る大事なものはない。仕事は二番目だ」というセリフは、切実に胸に沁みる。ブラッドリー・クーパー演じる捜査官にカフェで家族の大切さを語るシーンは、本作で最もエモーションな場面だ。それは、彼が本心でそれを伝えているからだろう。更に裁判で有罪が決まった後、「お金はあるのに時間だけは買えなかった」と告げるアールは、まさに90歳を迎える映画監督クリント・イーストウッドの心情の吐露だ。そこには、まだまだ映画を撮り続けたいという意志を感じる。


この作品では、一切家庭を顧みないで人生を歩んできた男が、元妻の死の直前に家族の大切さに気付き、それを残された家族が最後は受け入れるという、非常に男にとって「都合のいい結末」を迎える。もちろん自らの罪を認めて刑務所に入るアールの姿は共感を覚えるが、このエンディングは女性にとってどう見えるのだろうか。恐らく50歳以上のおじさん達が満足げに劇場の席を立つ姿を見ながら、ふとそんな事を思った。個人的には、あと10歳経った後でもう一度観ると、更に感想が変わりそうな作品だと思う。この作品の真価を語るには、僕はまだまだ人生経験が足りないのだろう。ただ、90歳を迎えようとしているイーストウッドの映画を観ると希望が湧いてくるのは事実である。「運び屋」はイーストウッドの最高傑作とは言い難い。だが本人主演の監督作としては、もしかすると最後の作品になるかもしれないと思うと、観る価値は十分にある映画だろう。