映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

エンタメ系会社員&バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。劇場公開されている新作映画を中心に綴っていこうと思います。

「ザ・バニシング-消失-」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

「ザ・バニシング-消失-」を観た。

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監督:ジョルジュ・シュルイツァー

出演:ベルナール・ピエール・ドナデュージーン・ベルヴォーツ、ヨハンナ・テア・ステーゲ

日本公開:2019年

 

1988年に世界公開されたオランダ・フランス合作映画で、日本では劇場未公開だったが2019年にやっと製作から30年を経て公開となったサイコ・サスペンス。あのスタンリー・キューブリックが3回鑑賞して、「今まで見た中で一番恐ろしい映画だ」と語ったとか、サイコ・サスペンス映画史上No.1の傑作とか、宣伝キャッチには華々しい言葉が並ぶが、これらを期待して鑑賞すると肩透かしを食うかもしれない。「羊たちの沈黙」や「セブン」などのサイコ・サスペンスの傑作をたくさん観てきてしまった僕らが、2019年に本作を観た感想は、キューブリックとは違って当然だろう。とはいえ、独特の世界観に溢れた意欲的な作品だと思う。今回もネタバレありで。

 

あらすじ

オランダからフランスへ車で小旅行に出がけた夫レックスと妻サスキアの夫婦だったが、立ち寄ったドライブインで、サスキアがこつ然と姿を消してしまう。レックスは必死に彼女を捜すが手がかりは得られず、3年の月日が流れる。それでもなお捜索を続けていたレックスのもとへ、犯人からの手紙が何通も届き始める。犯人であるレイモンは、周到に犯罪の準備をして三年前の犯罪を成功させたのだが、それには飽き足らず徐々にレックスに接触し、遂には彼の目の前に現れる。

 

感想&解説

都内の映画館はゴールデンウィークという事もあり、本作を観るために集まった人でかなり混雑していた。ハリウッド大作映画でもない、30年前のサスペンス映画がこれだけ集客しているのは驚くが、かなり上映館も限られているし、話題の作品を映画ファンたちが楽しみにしていたのかもしれない。本作は事前にネットでもかなり紹介されていた。監督はジョルジュ・シュルイツァー。後にハリウッドで同作のセルフリメイク「失踪」を1993年に、キーファー・サザーランドジェフ・ブリッジスサンドラ・ブロック出演で撮っている。(こちらは未見である)


さて、本作「ザ・バニシング-消失-」の感想だが、想像していた作風と違って良い意味で裏切られたという感じだ。事前にすごく怖いとか恐怖映画としてのイメージが強かったせいか、凄惨なシーンが多くて精神的に圧迫される作品かと思ったが、全くそうではなかった。突然女性が失踪し、彼女の夫なり恋人がその行方と真相を探るというプロットの映画は世界中にあると思うが、大概はその「意外な犯人」や「女性は無事に生還できるかどうか?」が、物語の推進になるパターンが多い。だが本作は犯人が早々に分かってしまうし、失踪から物語上すぐに三年が経過する事と犯人の私生活を細かく描写する為、ほとんど妻はもう生きてはいないだろうと観客は想像出来てしまう。


それよりも本作は犯人であるレイモンが、どうやって女性を車で誘拐しようかと何度もシミュレーションしたり、自らクロロフォルムを嗅いで寝ている時間を計ったり、実の娘たちに蜘蛛を見せてその悲鳴がどこまで届くのかをテストしたりと、犯罪のリハーサルを入念に描いていくのが面白い。またこのレイモンが結構おっちょこちょいで、作戦を失敗ばかりするのもツボで、シリアスな場面にも関わらず鑑賞しながら思わず笑ってしまったシーンもあった。そういう意味で、本作は犯人探しやその誘拐の手法を見せる事に主眼が置かれてはおらず、観客の興味は「何故レイモンはこんな事をするのか?」という動機と、「連れ去られた妻のサスキアはどうやって殺されたのか?」の二点に集約される作りなのである。


これは本作の主人公であるレックスも同じで、彼は劇中で何度も「真相が知りたい」と言う。「犯人が憎い」でも「妻の安否を知りたい」でもなく、彼はテレビの取材に対して犯人に「もう彼女が無事だとは思っていない。君を断罪もしない。ただあの時何があったのか知りたい。」と語りかける。また犯人であるレイモンはレックスに対して何度も手紙を送り、遂には彼の前に姿を現わす。そして、自分の言う通りにすれば真相を教えると伝えるのだ。普通であればレックスはレイモンをそのまま警察に突き出すだろうが、彼はそうしない。またレイモンも女性への暴行や金銭目的の誘拐ではなく、誘拐には心理的な目的があったことを告白する。これは妻が消えた真相を解くという妄念に取り憑かれた男と、誘拐によって何かを成し遂げようとする男のオブセッションについての物語なのである。


では、このレイモンの動機とは何か?と言えば、彼は「反社会性パーソナリティ障害」で、普通なら思い留まる事をやってしまうという思考の持ち主である事と、自分は正しい人間であり、その正しさを証明する為に逆説的に殺人以上に残虐な行為を考え始めたという、なんとも納得しづらい動機が語られる。自分の正しさの証明の為に、いわば純粋な悪を追求したという事らしい。たしかに30年前にこの発想は斬新だったかもしれないが、今観るとちょっと苦しいのは否めないが、この常人には理解しがたいレックスとレイモンのやりとりこそが本作の魅力だと思う。


犯人レイモンはレックスを連れ出し、かつて妻サスキアを誘拐したドライブインに車を停める。そして水筒に入れていたコーヒーをレックスに差し出す。コーヒーには睡眠薬が入っており、自分がサスキアに何をしたかを知りたければ、これを飲めと告げる。もちろんサスキアはほぼ死んでいる為、これを飲むイコール自分も殺される可能性が高い。だが悩んだ挙句にレックスはそれを飲み干す。なぜなら彼は、この事件の真相を知る事への妄念に取り憑かれているからだ。そして、目が覚めると棺桶のような箱に入れられ、地中深くに埋められている事に気付く。持っていたライターの火も次第に消えてゆき、サスキアのことを想いながら叫び声をあげるレックス。だが、そこはレイモンの山荘の地中であり、山荘の庭で子供たちが走り回っているのをぼんやり眺めているレイモンと、レックスの行方不明を告げる新聞記事を映して映画は終わる。


非常に後味が悪いエンディングなのも、サイコ・サスペンスとしては良いし、レイモン以上にレックスの葛藤と狂気もよく伝わってくる。普通だったら、あのコーヒーを飲むという判断はあり得ないだろう。またレイモンが閉所恐怖症だからこそ、サスキアを地中に埋めるという選択をしたとか、冒頭でサスキアが見た夢を語るシーンの「金の卵に閉じ込められて、絶望的な孤独を感じた」や「二つの卵がぶつかる時に全てが終わる」という謎のセリフが、ラストの棺桶に閉じ込められるという運命を暗示していたり、更に夫婦の行方不明を報じる新聞の写真切り抜きが二つの卵のように楕円形になっているなど、細かく伏線を回収する作りなのも気が利いている。


あと、全体的に音の演出が独特で、娘たちの金切り声や車の騒音がやたらとノイジーで気に触るような音量になっているのも、本作には適している。正直、明快なエンタメ作品では無いし、サスペンスとしても広告キャッチのように傑作とは言えない。好き嫌いは確実に分かれる作品だが、何故かすごく記憶に残ってじわじわと好きになるタイプの映画だと思う。