映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

エンタメ系会社員&バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。劇場公開されている新作映画を中心に綴っていこうと思います。

「シャザム!」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

「シャザム!」を観た。

f:id:teraniht:20190506233957j:image

監督:デビッド・F・サンドバーグ

出演:ザカリー・リーバイ、アッシャー・エンジェル、マーク・ストロング

日本公開:2019年

 

今、劇場は「アベンジャーズ/エンドゲーム」で大賑わいである。上映時間は3時間以上、11年間のMCUを締め括るフィナーレ作品ということで、全部盛りの大盤振る舞いな映画だった為、観終わったあとは放心状態であった。感想は「もうお腹いっぱい」である。という事で今回は「エンドゲーム」ではなく、DCコミックスのDCエクステンデッド・ユニバース7作目「シャザム!」の感想を書きたい。そもそも、この「シャザム!」は今回の実写映画化よりも以前、1941年に「キャプテン・マーベルの冒険」という名前で映画が製作されていたらしく、そもそもはかなり歴史のあるヒーローらしい。この「キャプテン・マーベル」というネーミングはあのMCUのキャラとは関係なく、バッティングを理由に改名したとの事で、なんともこの辺りのエピソードもシャザムらしい。今回もネタバレありで。

 

あらすじ

身寄りがなく、思春期真っただ中の今どきの少年ビリー・バットソンは、ある日、謎の魔術師の目に留まり、世界の救世主に選ばれる。そして「シャザム!」と唱えるや知力、強さ、スタミナ、パワー、勇気、飛行力という6つのパワーを持ち合わせた大人のスーパーヒーローに変身できるようになる。しかし身体は大人になっても心は少年のままであるため、悪友フレディと一緒になって怪力ぶりを試したり、稲妻パワーをスマートフォンの充電に使ってみたりと、スーパーパワーをいたずらに使うシャザム。そんな彼の前に魔法の力を狙うドクター・シヴァナが出現し、7つの大罪というクリーチャーたちが召喚される。シャザムのパワーを狙うドクター・シヴァナにより、遂にフレディや家族をさらわれ、シャザムは真のパワーを覚醒させる

 

感想&解説

DCエクステンデッド・ユニバースの前作「アクアマン」もかなりの良作であったが、今回の「シャザム!」も予想以上に楽しい作品だった。予告を観た印象だと、かなりコメディ色の強い、もっと軽いタッチの作品かと思ったが、意外とメッセージ性を含んだ単純なヒーローもの以上に見どころのある良作だと感じた。「マン・オブ・スティール」のような過度な重苦しさではなく、基本はコメディタッチで笑わせつつ、しっかりとドラマ性も含んだ優れたバランスの脚本だと思う。


本作の主人公ビリー・バットソンはかなり悲惨な境遇であり、3歳のときにふとしたキッカケで母親とはぐれ、そのまま生き別れになったことで孤児となってしまう。そして母親を探して家出を繰り返す彼は、里親を転々としている。しかも映画中盤に、なんとかその母親と再開できるのだが、実はビリーは生き別れでは無く、母親の意思で捨てられていた事がわかる。対する、悪役のドクター・シヴァナも幼少期から父親や兄に疎まれており、親子3人が乗った車の事故で父親が障害を負った事もあり、家族の心はバラバラなのである。本作は親に愛されなかった主人公と悪役がお互いのトラウマと葛藤しながら、自分の過去と戦う物語なのだ。よって、ドクター・シヴァナはパワーを手に入れた途端に、兄と父親を殺すのに対し、ビリーは母親の環境を慮り、彼女を許し身を引く。この差がヒーローとヒールの差であると観客に印象付ける。


ビリーが新しく養子として迎えられるのは、バスケス家といい、そこにいる子どもたちは全員が養子だ。もちろん血のつながりはなく性格から国籍までバラバラ。まさにこの家族は、人種のるつぼであるアメリカそのものを象徴しているが、これは今作の映画版からの改変らしい。ラストの兄弟全員で、「シャザム」と叫ぶ事により全員がスーパーパワーを手に入れる展開は、この様々な人種の子供たちがヒーローになり最終的に利己的な悪を倒すというカタルシスを持っており、今の時代を反映していると思う。


映画前半のギャグシーンも、このシャザムの能力を観客に紹介しながらも、子供が急に大人化してスーパーパワーを手に入れたらこうなるだろうなぁというシーンに納得感があり、俳優ザカリー・リーバイの演技も相まって非常に楽しい。本作の主人公は、大人の外見でも中身は「子供」の、名探偵コナン逆パターンの為に、いちいちやる事がアホっぽい。ビールを飲んで苦さの為に噴き出すとか、自分たちのスーパーパワーをYouTubeで流したりと序盤は楽しく過ごしているが、物語の中盤に「超人的なパワーを手に入れる事」の結果と責任を問われるシーンがあり、最終的には親友や家族を助けるという利他的な行動を取る事により彼は成長する。この辺りは「スパイダーマン」などに通じる、非常にオーソドックスなヒーロー誕生譚と言えるだろう。


また、こういった新規のスーパーヒーローものは、どこまでがOKで何をされるとピンチになるのか?が明確じゃないと、時としてアンフェアな気持ちになる事があるが、本作はコメディシーンとしてそれらが説明されるのも上手い。「シャザム!」と叫ぶ度に、子供とヒーローが入れ替わりに変身する事、ヒーローになると銃で撃たれても大丈夫で、雷のパワーや怪力がほぼ無尽蔵に使え、空も飛べる無敵状態になる事が説明される為、弱点は子供状態の時だけという事が分かる。ほぼスーパーマンに匹敵する強さな訳だ。これらが説明的ではなく、劇中でしっかり理解できる作りになっているのである。


監督のデビッド・F・サンドバーグは、元々2016年「ライト/オフ」や、2017年「アナベル死霊人形の誕生」を手掛けるホラー監督なのだが、本作はヒーロー映画にも関わらず、父兄虐殺シーンなど恐怖演出が出現するのも良いスパイスになっていると感じた(もちろん流血シーンは無いが)。DCエクステンデッド・ユニバースの前作「アクアマン」も、「ソウ」シリーズや「死霊館」シリーズのジェームズ・ワン監督が手掛けていて大ヒットに導いているので、今回の監督起用も今後のDCの戦略として興味深いところだろう。


ヒーロー映画としては、特に戦闘シーンの既視感や、あまりに予定調和なシナリオなど、もう少し工夫をと贅沢も言いたくなるが、この軽さとコメディ要素は新しいヒーロー映画として素直に楽しめると思う。確実に続編があると思うので、エンドクレジットにも注目だ。最後に今作は吹き替え版の上映数が多いのだが、字幕版がオススメかもしれない。個人的には菅田将暉さんの演技は良いのだが、声質がちょっと合ってないかなと感じた為だ。字幕版はノンストレスである。