映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

エンタメ系会社員&バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。劇場公開されている新作映画を中心に綴っていこうと思います。

「天気の子」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

「天気の子」を観た。

f:id:teraniht:20190723235203j:image
監督:新海誠

出演:醍醐虎汰朗、森七菜、本田翼、小栗旬

日本公開:2019年


2016年の「君の名は。」を日本映画史上に残る歴史的な大ヒットに導いた、新海誠の待望の新作が遂に公開となった。声の出演は、醍醐虎汰朗と森七菜という新鋭2人が主人公二人を担当し、本田翼や小栗旬といった人気タレントが脇を固める。「君の名は。」に続いて川村元気が企画・プロデュース、田中将賀がキャラクターデザイン、「RADWIMPS」が音楽を担当しており、「君の名は。」の鉄壁のスタッフ布陣で、再び勝負をかけるこの夏の超話題作である。今回もネタバレ全開だし、かなり辛辣な内容なので、ご注意を。

 

あらすじ

離島から家出し、東京にやって来た高校生の帆高。生活はすぐに困窮し、孤独な日々の果てにようやく手に入れたのは、怪しげなオカルト雑誌のライターの仕事だった。そんな彼の今後を示唆するかのように、連日東京は雨が振り続ける。ある日、帆高は都会の片隅で陽菜という少女に出会う。ある事情から小学生の弟と2人きりで暮らす彼女には、「祈る」ことで空を晴れにできる不思議な能力を持っていた。

 

感想&解説

過去の映画の中では、たびたび「特別な力」を持つキャラクターが登場する。彼らは超能力で人の考えている事が解ったり、怪力で岩の壁を壊せたり、目からビームが出せたりする。そして、そのキャラクターが時には孤独に、時にはチームを組んで、世界の滅亡をたくらむ悪の軍団と戦ったり、市井の人々の命を救ったりする。いわば「選ばれた人=The One」な訳である。この「天気の子」の主人公である陽菜も、そういった特別な力を持っているという設定だ。ただ、それは今までの映画のヒーロー/ヒロインのような攻撃的な能力ではなく、「天気を晴れに出来る力」であり、この設定がこの作品の肝だ。


本作の主人公は男子高校生の帆高と、小学生の弟と2人きりで暮らす陽菜だ。前半は東京に出てきた帆高が住むところも食べるものもなく、都会の中でなんとか生き抜こうとする。同じく、陽菜も母親を病気で亡くしており、利発な弟の面倒を見ながらもお金を稼ごうと必死だ。ちなみになぜ陽菜に父親がいないのか?は作中ではまったく描かれない。この二人が、陽菜の持つ「天気を必ず晴れにできる能力」を使って、お金を稼ぎだすところをコミカルに描き出すのが、映画の前半部分である。


まず、この前半部分からかなり性急で説明不足な印象を受ける。もちろん、帆高が拳銃を拾う唐突感に代表されるように、なぜ陽菜はあの能力を手に入れられたのか?「天気の巫女」とはどういう存在なのか?血筋が関係しているのか?それとも陽菜が突然変異なのか?帆高が東京に出てきた原因は?これほど苦労しても東京に固執する理由は?あの前半の怪奇現象の様な雨の描写はなぜ世間でもっと大事にならないのか?雨が降り続いているのは、どの範囲の話なのか?陽菜が晴れにできる範囲はどの程度なのか?これは単純に異常気象なのか?それとも何か邪悪な力が働いているのか?など、かなり特殊な設定がリアルな東京の描写と並行で描かれる為、頭の中は疑問符でいっぱいになる。ちなみにこれらの疑問には最後までほとんど説明がない。


そのうち、この能力を使い続けることによって陽菜の身体が消えてしまうという事が判明し、かつ、どうやらこの降り続く雨は東京だけで、陽菜が犠牲にならないと雨は止まないという「設定」であるらしい事がわかる。さらに、ガラの悪いスカウトマンに陽菜がホテルに連れ込まれそうになっている姿を見て、思わず助けにいった帆高が、拳銃を撃ってしまった為に、その後警察に追われるというサスペンスが同時並行で描かれる。ちなみにこの刑事たちがあまりに無能で、普通に街をフラフラしている高校生の足取りがまったく掴めないうえに、逮捕したうえに警察署に連れてきた少年に逃げられるというのも都合が良い展開だが、そこはいったん置いておこう。


シンプルに言えば、この二つの大きな問題をベースに、本作は帆高と陽菜の二人(+弟くん)が様々な現実と葛藤するストーリーなのだが、この葛藤が見ていてあまりに子供じみていて顔をしかめたくなる。親や学校が息苦しいという理由で当てもお金もないのに東京に逃げてくるわ、どうしても愛する人に会いたいから、都内の線路を走っちゃうわ、自分たちの生活に干渉してほしくないから警察からは逃亡しちゃうわ、「俺はもう一度、あの人に会いたいんだ」と恩人に銃を向けちゃうわ、そして周りの「理解ある大人」がそれをなんだかんだと手助けしちゃうわ、甘ったれた子供たちのお話には正直付き合いきれないのである。そして、もっとも本作で驚愕すべきは、あのラストの展開である。「もう二度と晴れなくたっていい。青空よりも俺は陽菜がいい。天気なんて狂ったままでいいんだ!」、終盤で帆高はこう叫び、陽菜は彼の手を取る。その結果、雨は3年間降り続き東京は水没してしまう。そして、そんな判断をした主人公に対して、東京に住むあるお婆さんがこういうセリフを言う。「東京のあの辺は、もともと海だったんだよ。だから結局は元に戻っただけさ」。これを聞いて、正直僕は耳を疑った。

 

問題は「東京が水没して、もともと海だった頃に戻った」事ではなく、「3年間雨が降り続いたせいで、今までようやく積み上げてきた東京が壊れて、そしてこれからも雨は止むことがないこと」だ。この事によって、今まで何人の人生が狂っただろう、そして何人の仕事が奪われて、これからもどれだけその犠牲者は増えるだろう。それを「元に戻っただけ」などというセリフで、どこまで彼らを甘やかすのかと思ったのだ。もちろん現実で運命的な出会いをした二人が、自分たちの恋愛を取って世間を捨てるという展開はあると思う。だが、今回の主人公は「選ばれた人=The One」なのである。その特別な人間が、映画の中で自己犠牲や人命救助をするから観客は感動しカタルシスを得て、自分も実生活で頑張ろうと思うのだ。それが「映画の力」だと思う。

 

特別な能力を持った人間が、自分たちの恋愛のために他人を犠牲にするストーリーを、わざわざ映画で見せられて何を感じろというのか。もし、こういうストーリー展開を選ぶのなら、トレードオフとして彼らは何か取り返しのつかない大事なものを失うべきだろう。それが映画のメッセージになり得るからだ。だが、この映画は二人が抱き合いながら、「陽菜さん、僕たちは大丈夫だ」というセリフでラストシーンを迎える。幾多の人間を犠牲にした上で成り立つ二人の将来に希望などないし、ましてや共感などしようがない。まさに開いた口が塞がらないとは、この事である。


日清カップヌードルやらどん兵衛サントリー伊右衛門やらプレミアムモルツCcレモンソフトバンクのyahoo知恵袋と、スポンサーの商品まみれのスクリーンを観ながら、これなら「君の名は。」の方がまだ良かったと心底思うあまりに残念な作品だった。「君の名は。」の瀧くん、三葉やソフトバンクのお父さん犬まで登場させて、うるさい位に「RADWIMPS」の曲がかかりまくるこの作品を、新海誠監督は本当に作りたかったのだろうか。素直にこの作品が放つメッセージが僕は好きになれない。