映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

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「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」を観た。

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監督:クエンティン・タランティーノ

出演:レオナルド・ディカプリオブラッド・ピットマーゴット・ロビー

日本公開:2019年


全世界待望のクエンティン・タランティーノ9作目となる長編監督作。レオナルド・ディカプリオブラッド・ピットの初共演作であると同時に、アル・パチーノ、カート・ラッセル、ブルース・ダーンといった名優も脇を固める非常に贅沢なキャスティングの作品だ。さらに本作は実在の女優シャロン・テートを演じた、マーゴット・ロビーが素晴らしい輝きを放っているのだが、まさにこれこそが本作のコンセプトに直結しているので、後述したい。今までのタランティーノ作品を想像していると、161分という長さもあり鈍重な作品に感じるかもしれないが、映画愛に溢れたタランティーノならではの作品に仕上がっていたと思う。今回もネタバレありで。

 

あらすじ

テレビ俳優として人気のピークを過ぎ、映画スターへの転身を目指すリック・ダルトンと、リックを支える付き人でスタントマンのクリス・ブース。目まぐるしく変化するエンタテインメント業界で生き抜くことに神経をすり減らすリックと、対照的にいつも自分らしさを失わないクリフだったが、2人は固い友情で結ばれていた。そんなある日、リックの暮らす家の隣に、時代の寵児ロマン・ポランスキー監督と、その妻で新進女優のシャロン・テートが引っ越してくる。今まさに光り輝いているポランスキー夫妻を目の当たりにしたリックは、自分も俳優として再び輝くため、奮闘の日々を続ける。やがて1969年8月9日、彼らの人生を大きく巻き込む、ある事件が発生する。

 

感想&解説

どうやらこの映画を観て、「何が言いたいのか解らない」という感想の方が一定数いるようだが、それも無理からぬ事だと思う。いわゆる映画ファンであれば、ロマン・ポランスキー監督とその妻であるシャロン・テートの身に1969年8月に起こった事件はある程度の知識があるのかもしれないが、特にこの日本ではそこまで老若男女が知っている事件ではないだろう。だが、この作品を観るにあたって、最低限この「シャロン・テート事件」の顛末だけは知らないと、本当に何が描きたかった作品なのか?が全くわからない。だが、いわゆる作品上でこの事件についての説明がある訳でもないし、この事件をテーマ的に掘り下げる作品でもない。ただ、この映画を理解するには「シャロン・テート事件」の結末を知っている事が絶対条件になる。いわば、この映画の本当の主役はディカプリオでもブラピでもマーゴット・ロビーでもなく、実際の「シャロン・テート」その人だからだ。


シャロン・テート事件」とは、ヒッピー文化が全盛期を迎えた1969年8月9日に、当時ロマン・ポランスキー監督の妻で新進女優、そして当時は妊娠8カ月だったシャロン・テートが、カルト集団「マンソン・ファミリー」によってハリウッドの自宅で友人3人とともに惨殺された事件のことだ。ハリウッド史上最大の悲劇とも言われており、この事件を起点にアメリカのヒッピー文化が衰退していった訳だが、本作はこの1969年8月9日という「Xデー」に向かって、進行していく構成になっている。このラストシーンに向けて、主にディカプリオが演じる俳優のリック・ダルトンブラッド・ピットが演じるスタントマンのクリス・ブース、マーゴット・ロビーが演じるシャロン・テートの3名が過ごす日常が描かれていくのだ。


この3名は60年代のハリウッドを生きており、いわゆる「映画業界」の人間だ。リック・ダルトンは、落ち目の俳優で今は主演から降ろされ、悪役として撮影に参加しているし、そのリックのスタントダブルであるクリスは撮影自体にも呼ばれず、リックの運転手や屋敷のメンテなどをしながら食い繋いでいる。シャロン・テートは「哀愁の花びら」に出演した新進気鋭の女優だが、まだまだ知名度は低く、映画館のチケット売りにも気づいてもらえない。そう、劇中で登場する「大脱出」のスティーブ・マックイーンのようなスターには程遠い、なんとかハリウッドの片隅でサバイブしている人間たちが本作の主要キャラクターなのである。だが、彼らにはひとつの共通点がある。それは「映画」を心から愛しているという点だろう。それは、本作の監督であるクエンティン・タランティーノの視点と重なる。


この映画には、キャラクターが映画やドラマに出演していたり、それを観ているシーンが多数出てくる。その中でも、シャロン・テートが自らの出演作を映画館で観るシーンがあるのだが、その多幸感たるや。自分の演技が多くの観客を楽しませているという事を、身をもって感じているというシーンなのだが、実際にシャロン・テートが出演している「サイレンサー第4弾/破壊部隊」を観ながら、シャロン・テートを演じているマーゴット・ロビーが本当に嬉しそうな顔をして、観客と一緒に映画を観るという、メタ構造的なシーンである。このシーンのマーゴット・ロビーは実に可愛い。本作のマーゴット・ロビーは、幸せと輝きに満ちていた当時の女優シャロン・テートを見事に表現していると思う。


また、ディカプリオが迫真の演技で悪役を演じきった後、子役に言われる言葉に思わず涙するシーンや、ブラッド・ピットがマンソン・ファミリーのアジトでブルース・ダーンと交わすシーンや、ブルース・リーと戦うシーンなどの魅力的なこと。今作の登場人物は、観客が彼らを好きになってしまう要素に溢れたキャラクターに仕上がっている。それは、古き良きハリウッドで懸命に生きる「映画人」としての彼らを、タランティーノ自身が愛しているからだろう。だからこそ、この後に起こる悲劇を観客は予感してしまい、それがある意味でこの物語の唯一の推進力となっている。逆に言えば、本作は明確なストーリーはないと言える。


ところが、観客が覚悟している「シャロン・テート事件」の顛末に対して、タランティーノは驚くべき結末を用意しているのである。今までの作品でも「イングロリアス・バスターズ」のラストでヒトラーを火だるまにしたタランティーノだったが、今作ではなんとシャロン・テートは殺されず、マンソン・ファミリーはディカプリオとブラピによってボコボコにされるという胸のすく展開を見せるのである。この史実改変によって感じるのは、あの時代に暗い影を落としたシャロン・テートの死を回避する事による、タランティーノの60~70年代ハリウッドとその時代の映画への強い愛情だ。ディカプリオはこの作品に対して、「この映画は、この業界、ハリウッドという場への祝福のような作品だと思っている」とコメントしたらしいが、ポランスキーとリック・ダルトンが会話するラストシーンには、映画人としての強い祝祭感がある。この二人による新作がいつか制作されるかもしれないという、あり得ない未来すらあのシーンからは感じさせるからだ。もちろん、その作品にはスタントマンのクリフも出演しているだろう。


いつもの過度なバイオレンス描写もかなり抑えめで(とはいえ、ラストにあるにはあるが)、大掛かりなアクションシーンも少ない。キャストの豪華さに比べて、間違っても派手な映画とは言い難い本作ではあるが、描いているテーマから言っても、映画ファンなら必ず観るべき作品だと思う。タイトルの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」は、「昔々ハリウッドで」という意味だが、このお伽話はタランティーノのハリウッドへの愛、映画への愛を強く感じる作品になっていると思う。だからこそ、この作品のラストシーンには感動させられるのである。


最後に音楽だが、相変わらず劇中ではまるでDJのようにさまざまな曲がかかりまくる。突然、ディープ・パープル「ハッシュ」が鳴ったと思ったら、ホセ・フェリシアーノ版「カリフォルニア・ドリーミング」やストーンズの「アウト・オブ・タイム」などの選曲センスは相変わらずの冴えを見せている。いつものタランティーノ作品のように、またサントラを買ってしまいそうだ。