映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

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「ジョーカー」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

「ジョーカー」を観た。

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監督:トッド・フィリップス

出演:ホアキン・フェニックスロバート・デ・ニーロ、ザジー・ビーツ

日本公開:2019年

 

ハングオーバー!」シリーズなどコメディ作品のイメージが強いトッド・フィリップスがメガホンを取り、あのバットマンシリーズの「ジョーカー」を主人公とした作品を作り上げた。これまでジャック・ニコルソンヒース・レジャーといった名優が演じてきたジョーカーを、今回は「ビューティフル・デイ」のホアキン・フェニックスが新たに演じている。共演は名優ロバート・デ・ニーロ。「第79回ベネチア国際映画祭」のコンペティション部門に出品され、DCコミックスの映画化作品としては史上初めて、最高賞の金獅子賞を受賞したという事もあり、日本でもかなりの盛り上がりを見せている。今回もネタバレありまで。

 

あらすじ

「どんな時でも笑顔で人々を楽しませなさい」という母の言葉を胸に、大都会で大道芸人として生きるアーサー。しかし、コメディアンとして世界に笑顔を届けようとしていたはずのひとりの男は、あまりに厳しい現実を前にやがて狂気あふれる真の悪へと変貌していく。

 

感想&解説

2008年クリストファー・ノーラン監督「ダークナイト」のヒース・レジャーが演じたジョーカーがあまりに強烈だった為、またジョーカーを演じるのは俳優にとって至難の業だろう。事実、その後でジャレット・レトが「スーサイド・スクワッド」で見せたジョーカーも悪くはなかったが、作品自体がコケた為に今やあまり印象に残っていない。そこに今度はホアキン・フェニックスがジョーカーを演じる上に、監督はトッド・フィリップスという事で、一体どんな作品になるのだろうと半信半疑であった。アメリカでは映画館側が「子供にジョーカーをみせないでください」と異例の警告をしたり、米軍が動くまでの事態となっているらしいが、本作「ジョーカー」はその騒動に相応しい、間違いなく2019年を代表する傑作であり問題作だろう。


本作は、バットマンの宿敵ジョーカーの誕生秘話を描く単独のオリジナル作品だが、いわゆるDCユニバースとはリンクしないらしい。そして、それは大正解だろう。もはや本作はこの一本で十分にアート性、メッセージ性、エンターテイメント性を携えた完璧な映画として成立している。逆にこのホアキン・フェニックスが演じるジョーカーを、他のフランチャイズ化されたアメコミ映画では観たくない。それほどに、このキャラクターが放つ魅力は大きいと思う。


観る前はジョーカーの誕生譚など、あのキャラクターが持つ「純粋な悪」という最も魅力的な側面に対し、無粋に説明し過ぎる事による矮小化の懸念があった。だが、それは全くの杞憂であったと言える。映画が始まると、ホアキン・フェニックス演じるアーサーが「笑いが止まらなくなる病気を持っている事」「寝たきりの母と2人暮らしで介護している事」「精神的不安定で常に薬を飲んでいる事」「極めて貧困である事」などといった非常に厳しい環境で暮らしている事が描かれ、さらに彼が住むゴッサムシティ自体が、貧富差の拡大や政治不在によって、どん底の状態である事が説明される。


だが、本作はあまり性急にアーサーをジョーカーには「変貌」させない。ゆっくりとアーサーをあらゆる角度から追い込んでいき、ある孤独な一般市民として弱々しく生きてきたアーサーが、「ジョーカー」という孤高のカリスマに成長する様を、じっくり丹念に描くのである。これが観客に対して、ある種ジョーカーへの「共感」を促進する。あまりに理不尽で過酷な運命を持ったアーサーが、遂に悪のカリスマであるジョーカーに変貌した事について、こちらが強いシンパシーを感じてしまう作りになっているのだ。本作が一部の識者によって、強く警告されている最大の理由はここであろう。そして事実、後半の覚醒したジョーカーの姿は、その立ち振る舞いからダンスに至るまで、あまりに魅力的で、暴動シーンでの民衆たちのように強く心を動かされる。


更に過去の名作を強烈に喚起するシーンの数々も、単なる記号的な使い方ではなく、その必然性がある為、映画的にプラスに働いている。マーティン・スコセッシ監督「タクシードライバー」のトラヴィスを思い出させる銃を構えるシーンは言うに及ばず、同じくロバート・デ・ニーロが出演していた「キング・オブ・コメディ」の妄想と狂気の表現など、かなりその影響は強いと感じる。もちろん、デ・ニーロがコメディアンとして人気番組の司会者である設定は、偶然ではないだろう。他にも、チャップリンの「モダンタイムス」が劇中でも引用されており、その劇中歌「スマイル」は本作のテーマと密接に結びついている。これらはただのサンプリングではなく、オリジナル作品の持っていたメッセージ性を、この「ジョーカー」という作品は柔軟に取り入れながらも、換骨奪胎して観客に提示してみせるのだ。


そして、ジョーカーの狂気に関する演出も総じて素晴らしい。アーサーが他のコメディアンのジョークを聞いて、笑うタイミングが他の人とズレている事により、彼の感覚のズレを表現していたり、初めて人を殺した後のダンスシーンや階段を踊りながら降りるシーンの奇怪でありながらも美しいシーンや、デ・ニーロの番組に出演している時の身のこなしとそのメッセージ、ブルース・ウェインバットマンになるキッカケとなった両親惨殺シーンのアイロニカル、そして終盤での「ジョークを思い付いた」からの「君には理解できないさ」で〆る台詞まわし、それによる「どこまでが本当の事」だったのか?と最後に映画全体をひっくり返してみせる構成の巧さ、あくまでもコメディ映画を意識したラストシーン、そしてエンドクレジット。全てが素晴らしく、各シーンを思い出すと、思わず恍惚としてしまう。


個人的には、終盤のあるシーンで1968年CREAMの「White Room」という曲がかかるシーンがあるのだが、そこで頭が痺れる様な興奮を感じた事は記載しておきたい。それはまるで、1990年マーティン・スコセッシ監督によるマフィアが活躍する大傑作「グッドフェローズ」における、同じくCREAMによる「Sunshine of your love」がかかる名シーンへのアンサーだと感じた。同じ悪が魅力的に描かれる作品として、あながち間違ってもいない気がする。本作は必ずや2019年を代表する一作として、来年のアカデミー賞にも食い込むだろう。この逆境を見事に跳ね返したホアキン・フェニックス、すごい俳優である。トッド・フィリップス監督の「ジョーカー」は、映画を構成する全ての要素が、とてつもないレベルで融合している大傑作であったと思う。