映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

エンタメ系会社員&バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。劇場公開されている新作映画を中心に綴っていこうと思います。

「蜜蜂と遠雷」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

蜜蜂と遠雷」を観た。

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監督:石川慶

出演:松岡茉優松坂桃李森崎ウィン鈴鹿央士

日本公開:2019年


史上初となる直木賞本屋大賞をダブル受賞した、恩田陸の同名ベストセラー小説を松岡茉優松坂桃李といった豪華キャストで実写映画化した話題作。監督・脚本は2017年「愚行録」で長編デビューした石川慶。今作が二作目という事でポーランド国立映画大学で学んだという経歴も含めて、すごい才能の監督だと思う。原作は「文字から音が聴こえてくる」とまで形容された音楽描写の緻密さゆえに、かなり映像化のハードルは高かったと思うが、本作は非常に「映画的な演出」に溢れた快作であった。ちなみに僕は原作未読である。今回もネタバレありで。

 

あらすじ

優勝者が後に有名なコンクールで優勝するというジンクスで注目される芳ヶ江国際ピアノコンクールに挑む栄伝亜夜(松岡茉優)、高島明石(松坂桃李)、マサル・カルロス・レヴィ・アナトール(森崎ウィン)、風間塵(鈴鹿央士)。長年ピアノから遠さがっていた亜夜、年齢制限ギリギリの明石、優勝候補のマサル、謎めいた少年・塵は、それぞれの思いを胸にステージに上がる

 

感想&解説

劇中で松坂桃李が演じる、会社員をやりながらピアニストを続けている高島明石が、松岡茉優森崎ウィンが演じる栄伝やマサルに対して、「あっち側の人たち」と表現するシーンがある。いわゆる「あっち側の人たち」とは、人生をピアノに捧げ、途轍もない努力と天賦の才能に恵まれた「一握りの天才」を指す言葉であるが、まさに本作は「あっち側の人たち」を描く作品である。その証拠に、いわゆる努力家キャラは、普通の作品ならなんらかの救済が施されるところだろうが、本作では早々に退場となり、ほぼ陽が当たらない。ある女性の努力家キャラが栄伝に対して「アンフェアだ」と声を荒げるシーンがあるが、それは彼女の才能に対しての羨望と嫉妬の声だろう。その天才と一般人の中間に位置するのが、先ほどの高島明石だ。


実際のクラシックピアノの世界も、あれくらいアカデミックなのかもしれないが、本作のメインキャラクター達は上映時間の間、本当にピアノと音楽の話しかしない。このストイックさは、デイミアン・チャゼル監督の「セッション」を思い出すが、J・K・シモンズが演じていたテレンス・フレッチャーと大きく違うところは、本作の中心的な登場人物4名には「悪意」や「嫉妬」といったネガティブな感情が全くなく、純粋に「音楽の高み」を目指しているところだ。そこが本作の非常に爽やかな鑑賞感を生んでいるのだと思う。


一般的に「天才たちの争い」は、「普通の人たち」にはその凄さの差が分かりにくく、映画作品としては食い合わせが悪いと思う。特にそれが音楽がテーマとなると尚更だ。単純に天才Aが弾くピアノ演奏と、天才Bの弾いた同曲のどちらの演奏が優れているのか?は、恐らく理解できない世界だからだ。これが小説であれば、説明描写やキャラクターの書き込みである意味、読者の想像に委ねる事ができるが、映画ではそれを映像と音で表現する必要がある。だが、本作は非常に映画的な方法でクリアしているのだ。それは大きく「音の強弱」と「聴いている人たちの反応」の二点である。


本作の演奏シーンを観ていると、明らかに「強調したい音」のバランスを調整している。マサルのピアノにバッティングするフルートの音は明らかに大きく誇張されているし、加賀丈史演じる指揮者が率いるオーケストラとの共演時に、栄伝が弾くピアノはいかにも弱々しくアタックが弱い。それにより、栄伝が感じている不安や迷いが観客に手に取るように解る。またその音を聴いているオーケストラの演奏者たちの目配せや、指揮者のイラついた顔のリアクションにより、セリフではなく「この演奏は上手くいっていない」事が、演奏シーンだけで伝わってくるのだ。逆に「上手くいっている演奏」の表現は、ピアノ奏者の活き活きとした、そして興奮した表情と、文字通りの音楽そのものの音圧でシーンが雄弁に語ってくる。その最たるものが、ラストにおける松岡茉優が演じる栄伝の演奏シーンだろう。本作の各演奏シーンは、それぞれのキャラクターがその時に置かれている環境や感情が非常に上手く表現されていて、音楽映画として素直に上手いと感じる。


栄伝の演奏するラストシーンが彼女の満面の笑みと祝福で幕切れたあと、あっけない位に素っ気なく、大会の結果が文字だけで表示される。それを観たときに、やはり「あっち側の世界」は凡人には理解できないのだと、観客には伝わることになる。あれだけ完璧な演奏をしたように(観客には)観えた栄伝ではなく、なんとマサルが優勝するのである。これはもちろん原作通りなのだろうが、こういったツイストのある展開もこの作品をより重層的なものにしていると思う。そのまま栄伝が優勝する展開よりも、評価する側も含めた高すぎるレベルでしのぎを削る「天才たちの世界」がより際立つ展開で、個人的には圧倒的に良いと感じた。


新人である鈴鹿央士演じる風間塵が連弾するシーン、森崎ウィン演じるマサルがピアニストとしての将来の夢を語るシーン、松岡茉優演じる栄伝亜夜が、母親の死を乗り越えて世界は音で満たされている事に気づくシーンなど、本作を通じて描かれる、本当に自分の好きな事を突き詰めている人間の生きざまの美しさと、純粋に音楽を奏でる喜びに貫かれた2時間は少しでも「何か自分の好きなもの」を持っている人にとっては、胸に刺さるシーン満載の至高の体験となるだろう。これは「一握りの天才たち」の物語ではあるが、同時に、本当に好きな事を突き詰めて生きている者たちの崇高な物語でもあるのだ。瞬く間の上映時間だった。