映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

エンタメ系会社員&バンドマンが綴る、映画ブログです。劇場公開されている新作映画を中心に綴っていこうと思います。

映画「リチャード・ジュエル」ネタバレ感想&解説

「リチャード・ジュエル」を観た。

f:id:teraniht:20200119154546j:image

アメリカ映画界を代表する巨匠クリント・イーストウッドが、制作40作目に選んだ題材は1996年のアトランタ爆破テロ事件の真実を描いたヒューマンドラマだ。現在イーストウッドは89歳という事で、前作「運び屋」からのインターバルを考えると驚異的な制作意欲だろう。主人公リチャード・ジュエルは、「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」のろくでなしを演じていたポール・ウォルター・ハウザー、母ボビを名作「ミザリー」のキャシー・ベイツ、弁護士ブライアントを「スリー・ビルボード」の警官役が記憶に新しいサム・ロックウェルが演じており、それぞれ好演を見せている。今回もネタバレありで。

 

監督:クリント・イーストウッド

出演:ポール・ウォルター・ハウザー、サム・ロックウェルキャシー・ベイツ

日本公開:2020年

 

あらすじ

96年五輪開催中のアトランタで、警備員のリチャード・ジュエルが公園で不審なバッグを発見する。その中身は、無数の釘が仕込まれたパイプ爆弾だった。多くの人々の命を救い一時は英雄視されるジュエルだったが、その裏でFBIはジュエルを第一容疑者として捜査を開始。それを現地の新聞社とテレビ局が実名報道したことで、ジュエルを取り巻く状況は一転してしまう。FBIは徹底的な捜査を行い、メディアによる連日の加熱報道で、ジュエルの人格は全国民の前で貶められていく。そんな状況に異を唱えるべく、ジュエルと旧知の弁護士ブライアントが立ち上がり、ジュエルの母ボビと共に無実を訴えていく。

 

感想&解説

とてもシンプルでストレートな映画だ。予告編を観れば、ある程度のストーリー展開は読めるだろうし実話という事もあり、その通りにお話は進んでいく。そもそも、主人公のリチャード・ジュエルが犯人ではない事は観客全員が知る事になるし、この爆弾を置いた犯人探しにフォーカスするわけではないので、サスペンス要素も薄い。もっと言ってしまえば、この冤罪事件も最後はリチャードの疑いが晴れることを知っているので、この作品はストーリーの面白さを観に行く映画ではないのである。


では、どういう映画かと言えば、イーストウッドが過去にも何度も描いてきた「普通のアメリカ人」が突然、ある「大きな力」によって窮地に追い込まれ、その「大きな力」のあまりの理不尽さによって、「自分の身にこれが起こったらどうなるのだろう?」と観客に思考を促すタイプの作品なのである。もちろん、今回はFBIをはじめとする「権力」と「メディア」が理不尽さの化身だ。劇中、犯人が特定できずに焦ったFBIによる、あまりに強引な捜査には呆れるばかりだが、それよりもリチャードや母親を精神的に追い込んでいくのは、むしろメディアによる報道である。


イーストウッドは、リチャード・ジュエルが無実なのにもかかわらず、まるで犯人であるかのように報道され、世間ではそれが事実のように広まっていく様を、これでもかと丹念に描いていく。それは過去にここ日本でも冤罪事件として報道された、多くの事件を観客に想起させるだろう。特にSNSが普及した今だからこそ、インターネットに掲載されている有象無象の情報に対して、僕たちがどういう判断をするべきかを問われているような気がする。


劇中、サム・ロックウェルが演じる弁護士が、FBIの強引な捜査に対して協力的なリチャードに、「もっと怒れ、なめられて悔しくないのか」と大声を出すと、「悔しい。だが僕は僕だ」と答えるシーンがある。それが、ラストシーンで相変わらず横暴なFBIに対して、リチャードが放つセリフが素晴らしい。「真犯人は今もまだどこかにいる。そしてまた爆弾を置くかもしれない。だが今回の事件を通して、これからもし警備員が不審物を見ても、自分と同じように逮捕されると思って逃げ出すでしょう。もっと成すべきことをしてください。自分が犯人だという証拠はなんですか?」、リチャードがついに権力と戦い始めたのだ。それを聞いたサム・ロックウェルの笑顔が印象深い。


母親役キャシー・ベイツの名演も忘れがたい。特にマスコミへの偽らざる気持ちを語った演説シーンは、なぜこんなにナチュラルに母親の愛情を表現できるのか?と、改めて名女優のスキルに驚くとともに「現代のメッセージ」として胸に刺さった。「ゲス野郎にはなるな、権力は人をモンスターにする。」とは劇中の弁護士のセリフだが、「ハドソン川の奇跡」や「15時17分、パリ行き」といった近作を観ていると、これはイーストウッドの今の素直な気持ちなのかもしれない。派手さはないが、真摯に手堅く名作を作り続ける89歳の映画監督は、もはや賞レースや名声といったエゴとは遠い世界で映画を作り続けている気がする。ぜひ、あと10年は作り続けて欲しい。

採点:6.5(10点満点)