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映画「ミッドサマー」ネタバレ感想&解説 アリ・アスターが描く変態ホラーコメディ!

「ミッドサマー」を観た。

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長編デビュー作「ヘレディタリー 継承」がいまだに高い評価を集めている、ホラー映画界の気鋭アリ・アスター監督の第2作目。前作の完成度から本作を期待している人も多く、かなり注目の高い作品だと言えるだろう。製作は「ムーンライト」や「レディ・バード」「フロリダ・プロジェクト」などで、いま最も尖った作品を放ち続けているプロダクション「A24」。主演はフローレンス・ピューで、今年公開のマーベル新作「ブラック・ウィドウ」への出演も決定している注目の女優だ。そのほか、名作「シング・ストリート 未来へのうた」で主人公の兄役を演じていたジャック・レイナーや、「デトロイト」での悪徳警官役が記憶に新しいウィル・ポールターなどが脇を固める。白夜に照らされた悪夢の祭を描く本作は、どんな作品だったのか?今回もネタバレありなので、ご注意を。


監督:アリ・アスター  
出演:フローレンス・ピュー、ジャック・レイナー、ウィル・ポールター
日本公開:2020年

 

あらすじ

不慮の事故により家族を失ったダニーは、大学で民俗学を研究する恋人や友人たち5人でスウェーデンを訪れる。彼らの目的は奥地の村で開催される「90年に一度の祝祭」への参加だった。太陽が沈むことがないその村は、美しい花々が咲き誇り、やさしい住人たちが陽気に歌い踊る、楽園としか形容できない幸福な場のように思えた。しかし、そんな幸せな雰囲気に満ちた村に不穏な空気が漂い始め、妄想やトラウマ、不安、そして恐怖により、ダニーの心は次第にかき乱されていき、遂には恐ろしい事態が起こる。

 

 

パンフレット

価格900円、表1表4込みで全40p構成。

B5縦サイズ。装丁が非常に凝っており、ページの端がビリビリと破られたような処理がされており、面白い。写真やイラストが多く設定集のようだが、アリ・アスター監督のインタビューや映画評論家の町山智浩氏コラム、小林真里氏のミッドサマー完全解析など、読み物として充実している。

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感想&解説

観た終わった後の感想としては「アリ・アスター監督、笑わせにきてるなぁ」である。そもそも恐怖と笑いは紙一重のところがあるが、前作はどちらかといえば、シリアスにホラー映画として怖がらせる方向の演出だったが、本作はハッキリと「笑い」の要素が強いと感じた。ただいわゆる大爆笑という類の笑いではなくて、あまりにシュールなものを観せられて、失笑が漏れてしまうという感じだ。事実、劇場でも所々で笑いが起こっていたし、個人的にも思わず声をあげて笑うシーンが多々あった。自分たちの常識がまったく通じない土地に行ったときに起こる、風習のギャップの数々に主人公たちを含む「現代人」が巻き込まれ、命を奪われるといった事態に遭っていくという作品だが、これは古典的な「モンド映画」の派生ジャンルだろう。イタリアの映画監督グァルティエロ・ヤコペッティの作品群、1973年「ウィッカーマン」や1981年「食人族」などがそれらに属するが、大きな枠組みだと本作「ミッドサマー」もそれらに近い構造を持つ。特に「ウィッカーマン」には大きな影響を受けているだろう。

 

だが本作は正直それほど残酷描写がエグい訳ではなく、それらが後を引く作品ではない。もちろん劇中で死体はたくさん出てくるが、いかにも「作り物然」としていて、生理的に嫌だなと思わせられるシーンは少ないからだ。もっと全体的に明るくカラッとしていて、個人的には、前作「ヘレディタリー 継承」よりもグロ描写は控えめだと感じた。正直ジャンルはまったく違うが、リドリー・スコット監督の「ブラックホークダウン」の応急処置シーンや、2017年「ゲティ家の身代金」の耳切りシーンの方が、よっぽどトラウマになる残酷描写だと思う。その中でも、やはり劇中で一番のインパクトは「アッテストゥパン」と呼ばれる、72歳の老人男女が崖から飛び降りるシーンだろう。ここは序盤での展開だし、なかなかの人体破損描写もあるため、少しギョッとしたが、それでもあくまで「村の儀式」としてかなりあえてドライな演出をしている為、ゴアシーンとしては大した事はない。「ヘレディタリー 継承」の残酷シーンが大丈夫な人なら、本作も全く問題ないだろう。

 

 

それよりも、本作はタイトル「ミッドサマー=夏至」のとおり、日が沈まない白夜を舞台に「花と踊りとドラッグ&セックス」を、前述のとおり「不謹慎な笑い」の要素を入れながら描いていくのが特徴だ。更に、監督が自らの失恋の経験を反映させたという発言のとおり、恋愛のもろさと裏切りといった要素も絡めながら、ストーリーは進む。主人公ダニーは、そもそも彼氏のクリスチャンとはうまく行っていないことが、劇中の冒頭から散々描かれるが、これはラストへの伏線だ。ダニーは村のダンス大会で女王に選ばれ、特別に祭り上げられるが、それは彼氏のクリスチャンを村の娘と性交させて、村社会の近親相姦を防ぐための村人達の作戦だ。この彼氏のクリスチャンも出された食事や飲み物を疑いもせずに、どんどんを摂取するため、あっという間にその罠にかかってしまう。

 

このクリスチャンと村の娘との「セックス儀式」が、本作一番の爆笑シーンだろう。全裸のおばちゃん達に見守られ、常に周りで変なダンスを踊り歌われながら性交する二人と、それを目撃してしまい号泣するダニーとそれに呼応して一緒に泣く村の娘たちのシーンを交互に見せていく、この一連の狂ったシークエンスを観ながら、観客は笑いながらもクラクラするような不思議な感覚に陥る。クリスチャンの全裸での全力疾走という鉄板シーンももちろん押さえながら、そこからの怒涛の展開は、笑いとツッコミどころが満載で飽きさせない。村で飼っていた熊の内蔵を取り除いてどうするのかと思えば、それをクリスチャンに着せて「着ぐるみ状態」にする展開は、思わずスクリーンを観ながら「可愛い」と呟いてしまった。ラストシーン、クマの着ぐるみをまといながら炎に包まれるクリスチャンと、それを笑顔で見守るダニー。このシーンを観ながら、本作は監督アリ・アスターの個人的な元恋人への復讐を遂げる為の作品だったのだと気付かされる。

 

今作「ミッドサマー」は、真面目に怖がりにいくというホラー映画というより、不謹慎でシュールな笑いと、白くトビ気味の画面と不思議な踊りと音楽が織り成す、サイケデリック感を楽しむという「珍品」としての鑑賞がおススメだ。正直147分と長めの作品であと30分は削れそうだが、この牧歌的な村の雰囲気を楽しむにはこれくらいの尺は必要なのかもしれない。こうなるとアリ・アスター監督の3作目は、どの方向から攻める作品か予想もつかない。ただ、この変態監督の次回作が早く観たい。

採点:6.5(10点満点)