映画を観て音楽を聴いて、解説と感想を書くブログ

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映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」ネタバレ感想&解説

わたしは、ダニエル・ブレイク」を観た。

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2016年の第69回カンヌ国際映画祭で、2度目の最高賞パルムドールを受賞した、イギリスの巨匠ケン・ローチ監督作品。前から評判の高い作品だったが、今回遅まきながらネットフリックスにて視聴。重い社会問題を扱った映画として、非常に見ごたえのある作品だった。ケン・ローチは監督として60年代から活躍しており、イギリスの労働者階級や移民を描くことで評価されてきた作家だが、今回もまさに同じテーマの作品だといえる。主演のデイヴ・ジョーンズはイギリスのコメディアンらしいが、本作が映画初主演との事で英国インディペンディント映画賞を受賞している。今回もネタバレありで。


監督:ケン・ローチ

出演:デイヴ・ジョーンズ、ヘイリー・スクワイアーズ

日本公開:2017年

 

あらすじ

イギリス北東部ニューカッスルで大工として働くダニエル・ブレイク。心臓に病を患ったダニエルは、医者から仕事を止められ、国からの援助を受けようとしたが、複雑な制度のため満足な援助を受けることができないでいた。ふとしたことから、シングルマザーのケイティと2人の子どもの家族を助けたことから、ケイティの家族と絆を深めていくダニエル。しかし、そんなダニエルとケイティたちは、厳しい現実によって追い詰められていく。

 

感想&解説

苦しい。観ている間、この感情が胸を締め付ける。映画を貫くメインプロットは、「初老の男性が心臓の病気の為に働けず、社会保障の行政手続きを行おうとするのだが、複雑な手続きの為に右往左往する」というものだが、この作品は大仰でドラマチックな演出などは採用せず、非常に静かで淡々としたタッチで登場人物たちを描く。それなのに観終わった後には、しっかりとこの作品が伝えたい「イギリスの福祉制度と貧困の実情」や「人が尊厳を持って生きるという事」といったテーマが頭にこびりつく。上映時間はたったの100分しかないのにである。


まずオープニングクレジットの最中に声だけで表現される、電話で行われる雇用支援手当の継続審査から、非常に手際よくいわゆる役場における「お役所仕事」の様が描かれる。ダニエルがいくら「心臓の病気で働けないのだ」と訴えても、マニュアル通りにしか受け答えをしない審査者。そこにイラつくダニエルだが、その態度が審査結果に反映されてしまい、なんと「就労は可能」と判断され手当てが打ち切られてしまう。そこから生きていく為に、求職者手当の申請をしなければならなくなり職業安定所に行くが、そこからも融通の利かない手続きの山が、ダニエルの頭を混乱させるのだ。


パソコンの使えないダニエルに対し「手続きはオンラインのみ」だとか、「求職者手当」を受けるには病気で働けないのに求職活動をしなければならないといった、理不尽な要求の数々を事務的に言い渡されるのである。仕方なく手当ての為に、歩いて手書きの履歴書を渡して回るダニエル。だが、ある仕事先がダニエルを採用したいと電話をかけてくるシーンがあるが、当然「病気で働けないから辞退する」と伝えるダニエルに対して、「なら、なぜ就職活動などしたんだ、お互い時間の無駄だろう」と憤る場面がある。もちろん「給付を受けるため」とダニエルは伝えるのだが、それに対して「生活保護をもらおうなんて、見損なった」という趣旨の事を言われ、一方的に電話を切られてしまう。これはダニエルから履歴書をもらっている以上、簡単に電話先の男の理解が足りないという一言では言い切れない重層的なシーンになっている。誰が悪いのではなく、やはりそもそもの手当の配給構造がおかしいという事を、観客が肌で感じられる場面になっているのである。


ダニエルが出会う、二人の子供とその母親ケイティの貧困度にも胸を突かれる。食料の配給を求めて訪れたフードバンクで、今まで子供の為だけに食料を用意していたケイティだったが、目の前にある缶詰を反射的に開けて、空腹のあまりその場で中身を手で食べてしまう。子供の前だからこそ、なんとか保っていた人間性が壊れ、涙を流しながら謝罪を口にする彼女を慰めるダニエルと、それを呆然と見守る子供たち。スーパーで生理用品を思わず万引きしてしまうシーンなど、この作品の貧困のリアリティには、観ていてなんとも苦しくやりきれない気持ちになる。


この映画のタイトルにもなっている、「私、ダニエル・ブレイクは〜」と、壁に役所への主張をスプレーする彼に、周りの人が喝采を送るシーンなどからも、国民の多くが多かれ少なかれダニエルと同じ気持ちを抱いている事がわかる。「人間の尊厳を失ったら終わりだ」「俺は人間であり、犬ではない」「きちんと働き、税金も納めてきた。当然の権利を主張したいだけだ。敬意ある態度というものを。」社会的な弱者だった彼がラストで残す言葉の数々は、いま日本に住んでいる僕たちにも決して他人事ではないだろう。特にこの未曽有のコロナ状況化にあり、現金給付も遅々として進まず、あいまいな社会保障の線引きの中で不安定な生活を強いられている今だからこそ、本作は観る価値のある作品だったと思う。楽しい気分になるための気楽に観れるエンターテイメントではない為、鑑賞のタイミングは要注意だが、特に大人にオススメしたい一作だった。


採点:7.5点(10点満点)