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映画「ルース・エドガー」ネタバレ感想&解説 多面的な解釈が可能な傑作!

「ルース・エドガー」を観た。

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コロナ禍で公開が延期になっていた作品だが、今回改めて劇場公開されたので鑑賞してきた。予告編から非常に期待していたが、その期待を大きく上回る作品であった。監督は「クローバーフィールドパラドックス」のジュリアス・オナー。「パラドックス」のあまりの酷さに、この監督の手腕には懐疑的だったが、今作では人が変わったように冴えた演出を見せている。海外の批評家からも本作は絶賛されており、賞レースでも高い評価を受けているようだ。主演は「イット・カムズ・アット・ナイト」のケルビン・ハリソン・Jr。これから日本でも公開される、A24配給の注目作「WAVES/ウェイブス」でも主演を勤めている。その他、「ドリーム」のオクタビア・スペンサーや、「マルホランド・ドライブ」のナオミ・ワッツ、「パルプ・フィクション」のティム・ロスらが出演。今回もネタバレありで。

 

監督:ジュリアス・オナー

出演:ナオミ・ワッツオクタヴィア・スペンサー、ケルヴィン・ハリソン・Jr、ティム・ロス

日本公開:2020年

 

あらすじ

バージニア州アーリントンで白人の養父母と暮らす黒人の少年ルース。アフリカの戦火の国で生まれた過酷なハンデを持ちながら、リベラルな白人夫婦に養子として育てられた彼は、文武両道に秀で、様々なルーツを持つ生徒たちの誰からも慕われている好青年だった。模範的な若者として教師からも称賛されるルースだったが、ある課題のレポートをきっかけに、同じアフリカ系の女性教師ウィルソンと対立するようになる。ルースが危険な思想に染まっているのではというウィルソンの疑惑は、ルースの養父母にも疑念を生じさせていく。

 

パンフレットについて

価格700円、表1表4込みで全16p構成。

ページ数は少なめ。監督インタビューや宇野維新氏、山縣 みどり氏のレビューが掲載されているが、全体的には情報量少なめで、パンフレットとしては平均的。

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感想&解説

本作は多面的な解釈が可能な、大傑作だと思う。ネット上では「結局、どういうオチだったのか解らずにモヤモヤする」といった意見もあったが、これは監督があえてそういう演出をしており、観る者に解釈の幅を与えていると思う。だがストーリーとしては明確な着地に落ち着く。ただ良質な映画の特徴でもあるが、あまりセリフで説明しないタイプの作品なので、各シーンに込められた意図を解釈しながら鑑賞する必要があるのだ。


アフリカの内戦地から幼少期にアメリカのリベラルな白人夫婦に養子として引き取られ、成績も優秀でスピーチも上手く、陸上部で活躍しながらもユーモアのセンスもあり友人も多いという、非の打ちどころのない青年に成長した、アフリカ系黒人のルース。だが、世界史の女性黒人教師ウィルソンが出した、「歴史上の人物の代弁をする」という課題に対してアルジェリアの革命家をテーマにし、「意見の対立は銃によって解決する」といった暴力的な思想を提出したことにより、ルースはウィルソンから危険な人物であると目を付けられる。更にウィルソンはルースのロッカーを勝手に開ける事により、中から危険な花火を発見する。


この教師ウィルソンは教育熱心ではあるが、プライベートでは精神的に不安定な妹を抱えており、生活に息苦しさを感じている。また、自ら黒人でありながらも過去に黒人生徒にも厳しく対応したことから、優秀なルースともお互いに距離感を感じている。ウィルソンは、ルースの母親エイミーを学校に呼び出し、彼の危険な思想や花火の件を話す。息子を心から愛しているエイミーは当然反発を覚えるが、この日からルースの行動に対して微妙なわだかまりを覚えていく。それはエイミーの夫であるピーターにも徐々に伝染していき、息子のルースに対して疑念が膨らんでいく。元少年兵として育てられた養子のルースは、過去のトラウマを本当に解消しているのか?自分達の知らない裏の危険な顔があるのではないか?「清廉潔白で完璧な息子」という枠に、今までルースを当て嵌めすぎていたのではないか?と、彼らはだんだん苦悩していく。その後、ルースが母エイミーに隠れて交際していたステファニーという少女の性的暴行事件が発覚したり、学校にも花火による不審火騒ぎが起きたりと、ルースの周りには不穏な空気が充満していく。


この作品は、この主人公ルースが本当はどういう人物なのか?を観客の興味の対象として、物語を引っ張るヒューマン・サスペンスだ。そして、劇中では様々な事件が起こるが、そのどれもに明確な犯人は提示されず、ルースが関与したという証拠もない。「悲劇を乗り越えた黒人青年」「アメリカの良心の象徴」「オバマの再来」と世間から評される一方で、ルースと対立する立場の教師ウィルソンはどんどんと窮地に追い込まれていく。「ルース=LUCE」とは「光」という意味で、そもそも生まれた時の名前は読みずらいという事でアメリカに渡るときに、父親であるピーターが名付けた名前だ。「ルース」はあまり黒人には付けられない名前だという事が劇中でも語られるが、生まれた時の名前も変えられ、新天地アメリカでリベラルな両親と、「常に正しくあるべき」という環境の中で、ルースは必死に生き抜いてきた事が劇中の端々で提示される。スピーチの一人練習シーン、自らのアイデンティティを語るシーンで流れる涙などはそれに当たるだろう。

 

またルースを育てたピーター&エイミー夫妻にも、ルースを育てる上で大きな代償が払われたことが表現される。ピーターの前妻の家で生まれたばかりの赤ちゃんを、ピーターが抱っこするシーン。もちろん赤ちゃんは白人の子である。その赤ちゃんを抱っこしているピーターを見つめる妻エイミーの表情。養子をもらったという事もありエイミーには子供を授かれない事情があった事が示唆される。さらに夫のピーターはルースに対して愛情を抱いているが、いわゆる「普通の家庭」としての幸せを切望しており、黒人で少年兵であったルースを育てることに大きな犠牲をはらってきたと感じている為、ルースの不可解な言動に対して葛藤を感じていく。そして、妻エイミーは無償の愛を注いできたルースが自分の知らない顔を見せ始める度に、パニックになる。彼らは自分たちのコントロール出来ない領域に進もうとしている息子に対して焦り、さらに恐怖に近い感情を感じ始めるのだ。


さらにオクタヴィア・スペンサーが演じる、ルースと対立する女性黒人教師ウィルソンは本作において重要なキャラクターだ。精神病の妹を抱えながらも黒人女性として、さらに教師として、差別されない為にミスの許されない模範的な行動を取り続ける必要があるウィルソンは、同じく表面的には模範的に振る舞う必要のあるルースの二面性に、いち早く気付いたのであろう。この二人は生活している環境は違っても、アメリカにおいて「模範的な黒人として生きていく」という意識では近い感覚なのかもしれない。劇中でウィルソンがルースに伝える言葉で「私たちが入っているのは同じ箱よ。そして、中まで届く光はほんの少し。光が届かない人もいる。」というセリフがある。この箱とはアメリカにおける「差別意識」を指しているのだろう。この二人の感情は同族嫌悪に近いものだと僕は解釈した。


映画のラストは、ルースが学校で演説をしているシーンだ。優秀で模範的な生徒であるルースがアメリカへの感謝、両親への感謝と幸せな人生について語っている。だが、その途中から意図的に声がカットされ、それを聞いている聴衆の表情やルースの顔だけが映し出される。そして、その中にエイミーの顔があるのだが、その微妙な表情には息子への疑惑が張り付いている。序盤にエイミーがルースに対して、「次のスピーチはもっと自分の本心を話したら?」と喜々として語るシーンがあるのだが、彼の本心は今でも闇の中なのを、このスピーチからエイミーは感じているのだろう。この表面的には美しい演説が、実は空虚で偽りに満ちたものである事を上手く表現していると思う。

 

そして本当の本作ラストカットは、ルースが画面手前に向けて苦悶の表情で疾走する場面だ。陸上部の練習風景のようにも取れるが、何故このシーンを監督はラストに入れたのか?それは、まるでルースが何かから逃げているようにも見える。彼一体は何から逃げているのか?これは監督からの問いかけのように感じた。メッセージ性と娯楽性がうまく融合し、映画ならではのエンターテイメントに仕上がっていた本作。役者の演技からキャラクターの描き込みまで、非常に高いレベルで描き切ったこの傑作が、無事に日本で公開されたことを素直に感謝したい。今観るべき、素晴らしい作品だと思う。

採点:8.5点(10点満点)