映画を観て音楽を聴いて、解説と感想を書くブログ

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映画「ペイン・アンド・グローリー」ネタバレ感想&解説

「ペイン・アンド・グローリー」を観た。

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「オール・アバウト・マイ・マザー」や「バッド・エデュケーション」「ボルベール<帰郷>」などで有名な、スペインの名監督ペドロ・アルモドバルの新作。主演はアルモドバル作品でも1987年「欲望の法則」や2011年「私が、生きる肌」でもタッグを組んできた、アントニオ・バンデラス。そもそもバンデラスの映画デビュー作「セクシリア」がペドロ・アルモドバルの作品だった事を考えると、この二人はお互いかなり相性の良さを感じているのだろう。他には「ボルベール<帰郷>」でも出演していた、ペネロペ・クルスも出演している。本作は第72回カンヌ国際映画祭で「主演男優賞」を受賞、第92回アカデミー賞でも「主演男優賞」と「国際長編映画賞」にノミネートされている。今回もネタバレありで。

 

監督:ペドロ・アルモドバル

出演:アントニオ・バンデラスペネロペ・クルス、アシエル・エチェアンディア

日本公開:2020年

 

あらすじ

身体の痛みと母の喪失から生きがいを見いだせなくなり、心身ともに疲れ果てていた世界的な映画監督サルバドール。そんな彼のもとに、32年前に手がけた作品の再上映の依頼が届く。引退同然の生活を送っていた彼は、ひょんな事から幼少時代と母親、その頃に移り住んだバレンシアの村での出来事、マドリッドでの恋と破局など、自身の過去を回想するようになり、思わぬ恋人との再会が、心を閉ざしていたサルバドールに変化をもたらしていく。

 

感想&解説

「ペイン・アンド・グローリー=痛みと栄光」というタイトルが示しているのは、本作は監督ペドロ・アルモドバル自らが振り返る半自伝的作品という宣言だと思う。アントニオ・バンデラスが演じる、サルバドーレという映画監督が主人公の「現代パート」と、ペネロペ・クルスが母親を演じる、サルバドーレの少年期を描く「過去パート」がシームレスに描かれるのが本作の特徴だ。だが初見では、この編集に意図が見えずに各パートの繋がりが解りづらいと思ったのだが、最後には「過去パート」に「あるオチ」が付く事で、観客の溜飲が下がるという構成を取っている。このオチについては後述したいが、おおよそのストーリー展開は下記の流れである。

 

サルバドーレは映画監督であり過去には大きな成功を収めたが、近年では身体に様々な痛みを抱えつつ喉の不調も感じていた。創作意欲が沸かずにほぼ引退しているという状態であり、4年前に最愛の母親を亡くし、そのショックも彼の生きる意欲を削いでいた。そんな中で32年前の監督作「風味」がリストアされ、再上映イベントが行われる事になり、イベントへの出演の為に主演俳優であるアルベルトの元を訪れるサルバドーレ。だが二人には演技に対して意見の相違があり、映画公開当時から確執を持っていたが、この再会を経て二人は和解する。

 

さらにアルベルトの持っていたヘロインを初めて体験したサルバドーレは、身体の痛みが引いていくことを感じ、徐々にヘロインに依存していく。再上映イベントでは、ヘロインに溺れて失言をすることで再度アルベルトを激怒させてしまうサルバドーレだったが、実はこの時、個人的な自伝作品「中毒」を書いており、この作品に魅入られたアルベルトは、舞台向きの脚本だがぜひ自分に主役を演じさせてほしいと頼む。そして個人的過ぎる内容の為にサルバドーレの脚本である事をクレジットしないという条件に、アルベルトは満員の客席の前で「中毒」を演じる事になるが、その客席には涙ながらに劇を鑑賞している一人の男がいた。

 

この男はサルバドーレの過去の恋人で、作品「中毒」があまりにも自分とサルバドーレの過去を恋愛を描いていた為、思わず上演後に楽屋のアルベルトを訪れ、自分とサルバドールの関係を語ってしまう。その事により30年ぶりに再会を果たす二人。サルバドーレはいまだに彼に未練があったが、自分の作品を称賛されながらも、新しい人生を歩んでいる元恋人の様子を見て、痛みと今までの栄光を感じる。そしてヘロインを絶ち、喉の手術を行うことを決めたサルバドーレは、遂に新しい映画作品に取り掛かることを決意する。

 

この現代パートの合間合間でサルバドーレの少年期である過去パートのシーンが挟みこまれて、ペネロペ・クルスが演じる母親とバレンシアの村で暮らした時の想い出や、若き男性労働者へ感じた「性への目覚め」などが劇的に瑞々しく描かれていく。そして、再度4年前の母親が亡くなる直前の母親との会話シーンに場面は飛び、ゲイであり映画監督という自分が晩年の母親からは良い息子だと思われていなかった事、さらに「母親への想い」という描きたかったテーマを作品にすることは、母親本人の希望で避けてきた事が描かれる。だからこそ彼は映画の冒頭では悩み、スランプに陥っていたのである。

 

だが、本作のラストでサルバドーレが監督として映画を撮影しているシーンが映し出される。しかも、その作品は母親役としてペネロペ・クルスが出演しているのだ。ここから、実はこの「少年期」として観客が観てきたものは全て、サルバドーレが撮影中の新作である「初めての欲望」という劇中内作品だったことがわかる。そして本作品は、正真正銘のエンドクレジットとなるのだ。要するに映画監督として苦痛と挫折を感じながらも、元恋人と再会し救われる事で、母親との思い出と自らの半生を映画化するという決意を固める「現代パート」の流れと、観客は「過去パート」だと思っていたが、実はサルバドーレが撮影した劇中内作品を交互に観ていたという、いわゆるメタ構造が作品の最後に立ち現れるのである。

 

本作のファーストショットは、プールに潜り水中で動かずに漂うサルバドーレのショットだ。それは母親の羊水に漂う胎児を思い出させる。自ら同性愛者である事をカミングアウトしながら、女性賛歌ともいえる「オール・アバウト・マイ・マザー」や「ボルベール<帰郷>」といった作品で、母親の強さを描いてきたペドロ・アルモドバル監督にとって、本作は一つの記念碑的な作品なのだと思う。また、人生において映画や絵や音楽といった芸術が、いかに大きな意味を持つのか?という視点でも監督からのメッセージが強く感じ取れる。さらに本作の撮影は色合いや構図も含めて、非常に美しい。これは撮影監督のホセ・ルイス・アルカイネが素晴らしい仕事をしていると思う。正直ストーリーの吸引力は極めて弱いので、いわゆる面白い映画とはとても言えないが、70歳という年齢を迎えた先人からの「人生賛歌」としても、そして優れたスペイン映画監督からの「芸術賛歌」としても、観る価値は十分にある作品だったと思う。

採点:6.5点(10点満点)