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映画「ランボー ラスト・ブラッド」ネタバレ感想&解説 あのラストシーンを解説!ランボーシリーズもこれで本当に見納め!

ランボー ラスト・ブラッド」を観た。

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シルベスター・スタローン主演、1982年に1作目が製作された人気アクション「ランボー」のシリーズ第5弾が公開となった。前作「最後の戦場」が2008年だったので、約12年ぶりの続編である。なんと1作目から38年の時を経て、ようやく本作で完結らしい。監督はメル・ギブソン主演作「キック・オーバー」を手がけたエイドリアン・グランバーグ。共演は2018年「ライフ・イット・セルフ 未来に続く物語」のセルヒオ・ペリス=メンチェータ、2006年「バベル」のアドリアナ・バラッザなど。今回もネタバレありで感想を書きたい。

 

監督:エイドリアン・グランバーグ

出演:シルベスター・スタローン、セルヒオ・ペリス=メンチェータ、アドリアナ・バラッザ

日本公開:2020年

 

あらすじ

過去にはグリーンベレーの戦闘エリートとして活躍していたジョン・ランボーランボーは祖国アメリカへと戻り、故郷のアリゾナの牧場で古い友人のマリア、その孫娘ガブリエラとともに平穏な日々を送っていた。しかし、ガブリエラがメキシコの人身売買カルテルに拉致されたことで、ランボーの穏やかだった日常が急転する。

 

 

パンフレットについて

価格820円、表1表4込みで全28p構成。

写真は多めで、スタローン満載。インタビューもあり。監督コメントや尾崎一男氏、戦史研究家の白石光氏、斉藤博昭氏のコラムが掲載されている。パンフレットとしては、平均的なクオリティ。

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感想&解説

前作の2008年「ランボー 最後の戦場」は傑作だったし、ラストシーンにおける幕の閉じ方も素晴らしかった。よって、この五作目の噂を聞いた時は蛇足としか思えず、ほとんど期待していなかったのが正直なところだ。だが、ロッキーシリーズにおける「クリード チャンプを継ぐ男」のような奇跡もあるので期待半分で鑑賞したのだが、結果、個人的には十分に楽しめる作品であった。ただ、一作目で描かれたようなPTSDを抱えたベトナム帰還兵が苦悩しながら、国家や社会と対峙していくといったメッセージ性は薄く、正直「ランボー・番外編」くらいに考えておいた方が良いかもしれない。

一作目の原題が「ファースト・ブラット」で、今回の作品が「ラスト・ブラッド」と対になっている為、やはり制作者側は本作を最終作だと位置づけているのだろう。ただ、それも無理もないと思う。80年代からアメリカ兵士の代表として単身、多くの軍隊や組織と戦ってきたランボーだが、2020年の今や戦うべき相手がいないであろうからだ。アクション映画において、主人公が倒すことによって観客がカタルシスが得られる「敵の設定」は、重要な要素だと思う。だからこそ本作の敵は、ランボーにとって初めて出来た家族を誘拐し踏みにじる、メキシコ最大の人身売買カルテルなのだ。過去作のように祖国の為や、軍隊によって蹂躙された弱い民間人たちの為ではなく、今回は極めてパーソナルな理由によってランボーは戦いに赴く。


組織に奪われた娘を取り返しに行くと聞くと、リーアム・ニーソン主演の「96時間」を思いだすが、本作はもっと展開に容赦が無い。人身売買カルテルを牛耳る兄弟は、誘拐してきた娘をモノとして扱い、顔にナイフで傷を負わせ、麻薬漬けにする。さらにランボーも一度は瀕死の重傷を負わされ、結果として娘も殺されてしまうのだ。ここまで、ランボーを精神的にも肉体的にも追い込むからこそ、ラストの大殺戮リベンジにはカタルシスが生まれる。本作はさながら往年の西部劇だ。冒頭で馬に乗りテンガロンハットを被ったランボーが登場するシーンから、ラストシーンまでそれは一貫している。個人的にはウルヴァリンという「X-MEN」シリーズのキャラクターで、見事な西部劇としてのテーマを描いてみせた、2017年「LOGAN/ローガン」を思い出した。復讐の為、心と身体に傷を負いながらも、たった一人で戦い続ける男をシンプルに描く作品なのだ。

 

 


今回のランボーは前作の「最後の戦場」にも劣らない位、人体破壊描写がすごい。レイティングとしては「R15+」だが、まるでスプラッタームービーのように次々と人が死んでいく。ラスト20分は自らの牧場と地下トンネルを完全に要塞として武装し、敵のカルテル集団を迎え撃つ展開になるのだが、「残虐版ホームアローン」というネット上の評価にも納得だ。トラップにより人が火だるまになったり、首や足が飛ぶのは当たり前、最後にはナイフで心臓をえぐり出すという表現も飛び出し、ベトナムで培った殺人マシーンとしてのランボーが持つ「残虐性」、言い換えれば彼のいまだに癒されていない「闇」の部分が存分に表現されている。この闇が描かれているからこそ、本作は「ランボー」のタイトルが付いているのだと思う。

そして本作で重要な舞台となるのが、「トンネル」だ。このトンネルはランボーが掘り続けたもので、彼の過去を象徴するアイテムで溢れている。劇中で語られる”フタをしているもの”で構成されているのだ。だからこそ、ラストはこのトンネルに悪党を誘いだして皆殺しにする。彼が過去から背負ってきた傷と狂暴性が爆発し、悪党たちの身体を切り刻み、粉砕していくのだ。このラストのアクションシーンにおける牧場は、冒頭の家族と穏やかな毎日を過ごす場所ではなく、大事な存在を失ったことによって過去の自分に戻ってしまった”殺戮の場”となるのである。


繰り返しになるが、ランボーシリーズの最終作として期待ハードルを上げ過ぎると、シナリオの薄さやシンプルさにはガッカリするかもしれない。さらわれた娘を取り返しにいく父親という設定も含めて、いわば手垢のついた展開だし、映画としての目新しさは無いと思う。だが、シルベスター・スタローン演じる「ランボー」というキャラクターが経てきた、あまりに孤独で苦悩に満ちた人生を背景に感じながらの鑑賞が出来れば、彼の哀しみと怒りに対して非常に感情移入が出来る。スタローンの顔に刻まれた深い皺と傷を観ているだけで、ファンとしては眼福なのである。


ジョージ・スティーヴンス監督の1953年「シェーン」のラストで、馬に乗るシェーンの後ろ姿から「彼はもう死んでいるのではないか?」という有名な議論があるが、本作の馬に乗り颯爽と駆けるランボーの後ろ姿のラストシーンは、思わずこの「シェーン」のラストシーンを思い出してしまう。エンドクレジット前のラストショットは、彼の父親がそうしていたというセリフが序盤にあったが、沈みゆく夕陽の中、満身創痍でロッキングチェアに座るランボーを捉えながら、カメラがズームバックしていって雄大な自然と共に彼の姿が見えなくなるシーンだ。そこに過去シリーズの若きランボーの姿が映し出されながら、クレジットが表示される。そして彼はもう一度、馬に乗り颯爽と去っていくシーンを最後にエンドロールが表示されるのである。だが、その直前のロッキングチェアに揺られる、満身創痍の彼とのギャップがありすぎる。これは”どんなに深い傷を負っても、ランボーは走り続けるのだ”という、作り手とファンの願望を映像化したシーンだったのではないだろうか。そういう意味で、彼の長い旅は本作で本当に最後なのだろう。完璧なファンムービーの為、過去作を観てからの鑑賞をオススメしたい。

 

 

採点:7.0点(10点満点)