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映画「悪人伝」ネタバレ感想&解説 マ・ドンソクの魅力炸裂!

「悪人伝」を観た。

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2016年「新感染 ファイナル・エクスプレス」で国際的に大ブレイクした、マ・ドンソク主演のバイオレンスアクション。韓国本国では興行収益ランキング初登場1位、観客動員数300万人を動員し、なんとシルヴェスター・スタローン制作のハリウッドリメイクも決定したらしい。監督・脚本は本作が長編二作目となる、イ・ウォンテ。このレベルの作品を二作目で作ってしまえるというのが、いつもながら韓国の映画業界の凄みを感じる。今回もネタバレありで感想を書きたい。

 

監督:イ・ウォンテ

出演:マ・ドンソク、キム・ムヨル、キム・ソンギュ

日本公開:2020年

 

あらすじ

凶悪なヤクザの組長チャン・ドンスが、ある夜何者かによってめった刺しにされる。奇跡的に一命をとりとめたドンスは、対立する組織の犯行を疑い、犯人捜しに動き出す。一方、警察サイドでも捜査にあたるチョン刑事は暴力的な手段も辞さない荒くれ者として、署内でも問題刑事として知られていた。まだ世間の誰も気づいていない連続無差別殺人鬼がこの事件の犯人であると確信したチョン刑事は、その手がかりを求めてドンスにつきまとう。ドンスとチョン刑事は互いに敵意をむき出しにするが、狡猾な殺人鬼を突き止めるには互いの情報が必要であると悟り、共闘して犯人を追い詰めてゆく。

 

パンフレットについて

価格800円、表1表4込みで全24p構成。

小型横サイズ。マ・ドンソクを含めキャスト3名と監督インタビュー、加藤よしき氏のコラム、プロダクションノートが掲載されている。読み物としては弱いが、紙質が良くデザイン性も高い。

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感想&解説

主演マ・ドンソクの魅力が炸裂した作品だ。ヤクザの組長という役を喜々として演じているのだが、作中でいかにナイフで刺されようとも、車に轢かれようとも絶対に死なない感じは、90年代ハリウッドアクションヒーローに通じるものがある。だが、こういう主人公キャラクターはリアリティが無く、下手をすれば展開の緊張感を欠くものになってしまいがちだろう。しかし本作は、全体を貫くノワール的な世界観のおかげで、このやたらと強い主人公の存在もカッコいいと単純に楽しめる。とにかくこのマ・ドンソクの圧倒的なカリスマ性がこの作品をグイグイと引っ張っていくのである。このマ・ドンソクと組んで殺人鬼と対する刑事役は、どことなく武井壮に似ているキム・ムヨルだ。今回の役作りの為に15kgの増量をし、組織や常識に囚われない暴力的なアウトローだが、実は正義感が強いという刑事を演じており、彼もマ・ドンソクと対峙しても遜色ないほどの魅力を発揮している。

 

こういった韓国製アクションを観るといつも感心してしまうのが、役者たちの身体能力だ。本作でも、最初にマ・ドンソク組長が殺人鬼と対峙するシーンから雨の中の激しいナイフアクションが始まり、さらに中盤の倉庫での大乱闘戦へと続く実際の役者たちによる格闘シーンが、間違いなくこの作品の魅力となっている。いわゆるハリウッド作品でのガン・アクションではなく、基本的には拳とナイフによるアクションシーンの数々は、華麗さや美しさとは無縁のリアルさがある。これらは振付けのような段取り感がまったくなく、本当に戦っているというキャラクターの痛みが感じられるのだ。またカーチェイスも実際に役者たちが運転しているとしか思えないショットの連続で、特に終盤の狭い路地での場面はドローンを使った撮影のようだが、とてつもないスピード感が表現されていて思わず手に汗握る。いわゆる目新しいシークエンスはないのだが、アクションシーンの迫力は大合格だと言えるだろう。

   

ストーリーとしては、無差別殺人のサイコパスに襲われたヤクザの組長が刑事と手を組んで、犯人を追い詰めていくという展開なのだが、いわゆる「意外性」は乏しいものの、しっかりと役者の演出が効いていて、映画として終盤に向かってどんどん盛り上がっていくので全く退屈はしない。やはりキャラクターが立っているというのは、作品にとってとても強いという事を改めて思い知らされる。組長の登場シーンで、マ・ドンソクがサンドバックにもの凄いパンチを浴びせているのだが、このサンドバックに実は人が入っていることが解るカットで、この組長の容赦ない暴力性がはっきりと観客に理解できる。今回のマ・ドンソクは優しいけれど力持ちというタイプの過去作とは違い、しっかりとヤクザの組長として凶悪なのである。

 

ここからネタバレになるが、展開としては、この無差別殺人鬼のサイコパスを追い詰めた刑事と組長が、彼を取り合うことになる。刑事としては殺さずに逮捕し法の手に委ねたいと思っているが、組長としてはメンツを潰された手前、迷わず殺してしまいたい。この両者がラストは対峙するのだが、この先の展開がユニークで面白いと思った。格闘の末、ドンソク組長が犯人を確保し、よもや首を切って殺そうというタイミングで、刑事が車で突撃し犯人を逆に奪還する。あまりにタイミングが良すぎる事や、なぜこの場所が分かったのか?などの野暮な事はもはや聞かない。そのまま警察署に連行し犯人は逮捕されるのだが、状況証拠ばかりで裁判になっても犯人を死刑にすることは出来ないことを、その後刑事は知る事になる。

 

そこで組長を自首させる事により裁判に出頭させ、犯人との格闘により組長自らの身体に付いた傷跡を証拠として、犯行を証明するという展開になる。このシーン、ドンソク組長の上半身に彫られたタトゥーを映す為だけにある気がするが、絵柄を作るのに一か月以上かかり、40種類以上の中からチョイスされたという刺青のデザインは、確かに息を飲む美しさと迫力がある。もうこの辺りになるとストーリーのツッコミどころだらけだが、この荒唐無稽な展開は素直に楽しい。結論、犯人は死刑判決を受け、組長はこの男と同じ刑務所に入る事を熱望する。そして、刑務所でもう一度犯人と対峙したドンソク組長の不敵な笑みでこの作品は終わるのだが、この後味も良い。シンプルに面白い映画を観たという多幸感が溢れるラストだ。

 

まったく崇高な作品ではないし、過去に例を見ないというタイプの映画でもないのだが、一定以上のアクション映画としての面白さはしっかり担保されていると思う。特にマ・ドンソクの過去主演作が好きな方は気に入るはずなので必見だ。いよいよ、マーベル・シネマティック・ユニバース作品「エターナルズ」でハリウッド進出が決定しているマ・ドンソクの新たな代表作としても観る価値はあると思うし、韓国ノワールとして本作を仕上げたイ・ウォンテ監督の手腕を楽しむという意味でも、オススメできる佳作だと思う。

採点:6.5点(10点満点)