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映画「ハニーボーイ」ネタバレ感想&解説 シャイア・ラブーフの内面を覗き込む作品!

「ハニーボーイ」を観た。

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ワンダー 君は太陽」「クワイエット・プレイス」「フォードvsフェラーリ」と、数々の話題作に出演している天才子役ノア・ジュプが主演した、ヒューマンドラマ。サンダンス映画祭でも審査員特別賞に輝くなど、世界中で批評家と観客共に称賛を得ている。共演は「トランスフォーマー」シリーズや「フューリー」のシャイア・ラブーフや「マンチェスター・バイ・ザ・シー」のルーカス・ヘッジズ。監督は過去にドキュメンタリーやCMで才能を開花させてきた、イスラエル出身の女性監督であるアルマ・ハレル。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:アルマ・ハレル

出演:ノア・ジュプ、シャイア・ラブーフルーカス・ヘッジズ

日本公開:2020年

 

あらすじ

ハリウッドで人気子役として活躍する12歳のオーティスと、彼のマネージャーを務める父のジェームズ。前科者で無職のジェームズの不器用な愛情表現に、オーティスは常に振り回されていた。そんなオーティスを心配する保護観察官のトム、モーテルに住む隣人の少女、共演する俳優たち。彼らとの交流を経て、オーティスは新たな世界へと踏み出していく。

 

パンフレットについて

価格850円、表1表4込みで全32p構成。

小横型サイズ。出演者&監督インタビューと斉藤博昭氏、猿渡由紀氏、精神科医斎藤学氏のコラムが結構されている。写真が多くてデザインはかわいいが、パンフレットとしては平均的。

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感想&解説

出演しているシャイア・ラブーフが自ら子役だった頃の経験をもとに初めて脚本を手がけ、自分も主人公の父親役として出演しているという、シャイア・ラブーフの内面に迫った作品だと言えるだろう。そもそも、2007年「ディスタービア」や「トランスフォーマー」シリーズ、2008年「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」などの大作で一躍スターになった後、飲酒運転や暴力事件などで逮捕され、その後アルコール依存症に陥るという、典型的なハリウッド俳優の落ち目パターンにハマったと思われたシャイア・ラブーフ。本作は、アルコール依存の更生の為にカウンセラーに言われ、過去のトラウマを書き綴ったものを本人が脚本化して、監督アルマ・ハレルに送った事から映画化が始まったらしい。そういう意味で自らのトラウマの元となった父親の役をシャイア・ラブーフ自らが演じるというのは、本人にとってもキツイ体験だったようだ。

 

本作は子役として順調なキャリアを築いていくノア・ジュプが演じるオーティスと、自らは犯罪歴があり人生に停滞しているシャイア・ラブーフが演じる父親ジェームスの、二人の関係を描いていくというシンプルな構造の作品だ。マネージャーとして子供の稼ぎでしか生きられず、離婚歴があり禁酒会に通うジェームスは、自分に強烈な劣等感を抱いており、子供のケアをしている政府職員や別れた妻からの温かい言葉にも暴力や暴言で対応してしまう。ジェームス自身も親から今までの人生を肯定されてこなかったが故に、他人との関係が上手く構築できないのである。更に、息子オーティスへの劣等感や他の大人にオーティスを奪われるのではないかという嫉妬や猜疑心により、常にネガティブな感情を持て余している。

 

狭いモーテルで暮らしている親子の会話は、仲の良い時はまるで子供同士のようだ。これはジェームスの幼児性の表れだと思うが、トランプの勝負に本気になったり、時にはタバコを吸わせたりと、目の前の12歳の男の子に対し本気で自分が保護すべき相手だとは思っていないような行動をたびたび取る。反対に父親の機嫌が悪くなると、息子オーティスがそれをなんとか納めようと言葉を選び、その場に順応する。単純に側にいて、普通の親のように愛してくれる事を希望しているオーティスだが、その願いはなかなか叶わない。そして、遂にオーティスの怒りが爆発し、もっとも父親が聞きたくない言葉を思わず言ってしまった時、暴力という子供にとって最大の恐怖で反撃されてしまう。だが、親としては最低だが、オーティスにとってはこんな親でもかけがえのない存在なのだという事も描かれる。

 

撮影所からの帰り道、夕焼けの中で父親のバイクに二人乗りで帰るシーンでのオーティスは、幸せそうだ。背中にしがみつき、この空気と瞬間を楽しんでいる。映画後半の父親に背中から抱き寄せられて、マリファナを吸うシーンのオーティスの笑顔も忘れがたい。オーティスが気持ちを許している隣人の少女シャイ・ガールに、抱きしめて添い寝してくれたお礼にお札を渡すシーンは特徴的で、このオーティスも他者にどうやって感謝を表現したらいいのかが解らないという事が表現されている。成人したオーティスがやはりアルコールに溺れPTSDを患っている事からも、やはり幼少期における父親からの影響は大きいのだろう。

 

本作に特徴的に表れるのはニワトリだ。これは道化師だった父ジェームスのニワトリを使った持ち芸からと、アメリカ英語におけるスラングの「臆病者」という意味のダブルミーニングで、本作における父親のメタファーなのだと思う。だからこそ、オーティスは劇中でニワトリの幻影を見て、ニワトリによって父親へと導かれる。ラストシーンにおける、父親と再会し会話する場面から続く、バイクに乗ったオーティスの背中に幻想の父親がしがみついている場面は、本作でもっとも美しいシーンだった。このラストシーンだけで、大人になったオーティスが父親のトラウマを乗り越え、文字通り人生を「走り出せた」ことが見事に表現されているからだ。この成長したオーティスを演じる、ルーカス・ヘッジズは近作のどれもが本当に素晴らしい。これから大注目の若手役者だろう。

 

エンドクレジットに流れるボブ・ディランの「All Really want to do」を聴きながら、実際のシャイア・ラブーフの父親の映像が流れるのだが、改めて彼の父への想いが溢れ出た作品なのだと感じた。95分というタイトな上映時間の中に、ある役者の人生が透けて見えるような貴重な体験だったと思う。また、やはり本作の最大の功労者はノア・ジュプだろう。表情の移り変わりで、本当に様々な感情の起伏を表現できるすごい役者だと思った。基本的には非常に地味で静かな映画だが、同じような親子関係の経験がある方には、恐ろしく突き刺さる可能性がある作品だろう。

採点:6.0点(10点満点)