「イントゥ・ザ・ワイルド」を観た。
監督:ショーン・ペン
日本公開:2008年
映画を観る理由として、自分の価値観と違う人の考え方や行動を疑似体験できるという事があると思う。「イントゥ・ザ・ワイルド」は過剰に物が溢れ、常に時間やルールに拘束された現代的な生き方に疑問を持った若者が、アラスカでの生活を目指して旅をするロードムービーだ。ちなみにノンフィクションである。
監督は、あの俳優ショーン・ペン。第80回アカデミー賞にもノミネートされており、今なおショーン・ペン監督の最高傑作と評価が高い作品である。今回はネタバレ全開で。
あらすじ
比較的裕福な家に生まれた主人公クリス・マッカンドレスは大学を非常に優秀な成績で卒業した直後、家族に何も告げずに放浪の旅に出る。クリスは2万4千ドルあった貯金のすべてを慈善団体に寄付し、わずかに持っていた所持金と身分証を燃やし、自らをアレグザンダー・スーパートランプと名乗りながら、ひたすらアラスカの荒野を目指す旅に出る。彼の旅は2年にも渡り、その間に様々な出会いと別れが繰り返される。そして遂にアラスカの荒野に到着するが、そこでは想像以上に厳しい生活が彼を待っていた。
感想&解説
この映画の主人公クリスは大学の成績も優秀な上、誠実で真面目、人当たりも良くコミュニケーション能力も高い。そして「今の過剰な物質的世界からの解放」や「人の存在真理を追究する事」が人生では重要だと言い、お金や車などに一切興味を示さない。アメリカの思想家である、ヘンリー・デイビッド・ソローの言葉を引用して「愛より金銭より信仰より名声より公平さより、真理が欲しい」といい、アラスカの荒野という特別な場所で、その瞬間を何にも頼らずにただ生きるという人生に憧れる。社会の仕組みに疑問を抱きながら、本当の自由を感じたいと思っているのだ。
自分自身、この気持ちは理解出来無くもない。確かに社会に迎合する事無く、自分一人のチカラで人生を生き抜いていけたらと、特に男性は多かれ少なかれ思う瞬間があるだろう。だが実際は家族や友達、恋人といった周りの人との繋がりや、仕事を通したやりがい、自分の家族を持ちたいなどの様々な理由から、社会の一員となり落ち着くのが普通だ。だが本作の主人公であるクリスは、その意志を貫き通してしまう。途中で何度も、素晴らしい人達と出会い触れ合いながら、考え直すきっかけはあったはずなのに。彼は余りに不器用で自分の気持ちに実直な人間だったのだろう。
本質的に人間は、完全に独りでは生きていけないと思う。どんなに自然の中で暮らしていても、人は太古の昔から村などの組織を形成しながら、お互いを助け合って生きてきた。独りの人間が達成出来る事など些細な事だし、人間がどんなに頑張ってみても、大自然はそんなに易々と人間を受け入れてはくれないのである。実際にクリスは、誰も助けには来ないアラスカの荒野で、飢餓の為に誤って毒草を食べてしまい、遂には衰弱して死に至る。クリスが死の間際にノートに残す言葉がある。次のような文章だ。
「幸福が現実になるのは、それを誰かと分かち合った時だ」
独りきりで死ぬ間際に書いたこの文章が、彼が短い人生の最後に学んだ事なのだと思う。今、この日本でも都会における高齢者の孤独死は社会問題になっている。死んでも誰にも発見されない場所という意味では、アラスカの荒野でも東京でも同じかもしれない。ただ生きている間に、どう自分を取り巻く人達と関わりながら過ごせるかが大事なのだろう。
若い頃の思想や思い切った行動は、もちろん否定出来るものでは無い。だが、クリスの両親が彼の旅の間、どれだけ心配していたのかも同時に描かれており観ている間、胸が締め付けられる。若い人はどれだけ独りで生きているつもりでも、まだまだ親の加護の元にいるのだ。大学を卒業までさせてもらって、親より先に死ぬなんて親不孝にも程があると思ってしまう。結論、「イントゥ・ザ・ワイルド」は、様々なメッセージの詰まった良い作品だ。自分の体験と併せて色々な感想が出ると思う。
採点:6.0(10点満点)