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映画「クラッシュ」ネタバレ感想&解説 アカデミー三冠の重厚なヒューマンドラマ!

「クラッシュ」を観た。

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第78回アカデミー賞作品賞である「クラッシュ」を観た。初めて観たのは公開当時だったので、約10年前である。当時は、正直期待に対して地味な映画だなと思ったが、今回はかなり印象が違った。素晴らしかった。ただ、この映画についてはあまりストーリーラインをなぞる事に意味はないと思う。映画を観ながら、何か漠然と感じる引っかかりや違和感、時には嫌だみを感じながら、「何故自分はこういう気持ちになるのだろう?」と考えながら観るタイプの映画だろう。あまりストレートな言葉にしてしまうと陳腐になるので、是非観て頂きたいと思う。アカデミー作品賞・編集賞脚本賞の三冠は伊達ではない。

 

監督:ポール・ハギス

出演:ドン・チードルマット・ディロンサンドラ・ブロック

日本公開:2006年

 

あらすじ

さまざまな人種が入り乱れるロサンゼルス。ここでは文化や考え方の違いからお互いがお互いを理解できず、不信感を抱きながら生活している。他人に歩み寄る気持ちを持たない人間が一つの場所に集まれば摩擦や衝突は当然避けられない。ある日、起きた交通事故を起点にそれぞれの憎悪や偏見が浮き彫りになっていく。

 

感想&解説

この作品はアメリカのロサンゼルスを舞台に、7組の人物たちが織りなす群雄劇となっている。車を巡る事故や強盗、検閲などが行われる中で、文字通り人々が衝突(クラッシュ)しながら、そして時にはクロスしながら物語は進行する。そして人種差別や偏見という大きなメインテーマに沿って登場人物たちが傷付き、罪を犯し、苦悩し、赦されていく様が描かれる。監督は「ミリオンダラー・ベイビー」の製作と脚本でアカデミー賞にノミネートされた、ポール・ハギス。今や「007 カジノ・ロワイヤル」や「父親たちの星条旗」の脚本家としても有名だが、監督作としては本作がハギスのデビュー作である。

 

本作「クラッシュ」にはこんなシーンがある。夜、ロサンゼルスのあるレストランから黒人の若者二人組が出てきて、黒人へのサービスが明らさまに悪かったと愚痴を言っている。そこへ富裕層の白人夫婦が通りかかり、妻が黒人と目が合うと、思わず夫の腕を掴んで目を逸らしながら車に乗り込む。それを見た黒人の一人が明らかに俺たちの肌の色から野蛮な人間だと感じて避けたんだと憤慨し、勢いでその夫婦の車を強奪する。車を奪われた夫婦は家に帰り警察を呼ぶが、万が一の為にドアの鍵も交換しようと業者を呼ぶが、その業者がたまたまメキシコ系ギャング風の見た目だった為に、妻は「合鍵を外で売るかもしれない。信用出来ない」と夫にわめき散らし、それを聞いてしまった業者は怒りと悲しみを覚える。それほど長くは無いシーンだが、各々が肌の色という呪縛から逃れられずに、他人を傷付ける。

 

黒人二人組も、今まで様々な迫害を受けてこういった被害妄想に陥っている事が別のシーンで描かれるし、サンドラ・ブラック演じる白人夫婦の妻は、強盗にあった恐怖の余りにパニックになった故の発言だ。そしてそれを聞いた、マイケル・ペーニャ演じる鍵修理の業者は、改めて自分達と白人との間に埋められない距離を感じてしまう。この映画には、様々な国の人が登場する。アメリカ人はもちろん、中国、ペルシャ、ヒスパニック。これらの人達が、それぞれにアメリカという国で暮らしていく上で起きうる「現実」が焙り出され、チクチクと観客の胸を刺してくるのだ。またアメリカ社会において銃がどんなにリスクを孕むものなのか、そして無関係な人たちの心を傷つけるのかも同時に描いていく。恐らくこの映画で描かれる問題の本質は、日本に住んで生活している我々には完全には理解できないだろう。だが、普段の生活の中でちょっとした事から芽生える、他者への軽蔑や優越感や偏見などを少なからず感じた事があれば、漠然とだがこの"負の感覚"は理解出来る。

 

だが、本作は同時に「人々の希望」も描く。マイケル・ペーニャ演じる業者ダニエルを逆恨みしたペルシャ人の雑貨店主のファハドが、銃を手にダニエルの家を訪れるシーン。父親から防弾の「透明マント」をもらったと思っているダニエルの幼い娘が父親を助ける為に銃の前に飛び出すと、実は空砲だった事が判るのだが、この空砲はファハドの娘が実弾の代わりに購入しており、二組の娘の愛情が結果的に父親を助けるという名シーンだった。さらにマット・ディロン演じる警官は、序盤は強烈なレイシストとして描かれており、ある黒人夫婦を侮辱するのだが、その妻が交通事故を起こしたシーンでは命懸けで彼女を救助することからも、人間の持つ多面性が上手く表現されていた。また、常に生活の中で怒りを抱いているサンドラ・ブロック演じる富裕層の妻も、彼女が本当に困った時に助けてくれたのは、普段から冷たく接していたヒスパニック系の家政婦で最後には彼女に真の友情を感じたりと、この作品の各キャラクターは単純な単色では描かれておらず、欠陥をもった人たちの善意と悪意の両面が描かれているのだ。

 

出演しているキャストも「ホテル・ルワンダ」のドン・チードル、「ドラッグストア・カウボーイ」のマット・ディロン、「ゼロ・グラビティ」のサンドラ・ブロックを始めとても豪華だし、彼らの重厚な演技が楽しめる。この映画は明確な答えは提示しない。難解な作品では無いが、何を感じるかは観客に委ねられるタイプの映画だろう。よって、人によっては「ボンヤリとしたヒューマンドラマ」と映るかもしれないし、人によっては「生涯ベスト級」となり得る作品だと思う。多くの作品で描かれる「黒人差別」だけではなく、「アジア人も含めた人種差別」から「貧富による分断」「銃問題」など、今もアメリカが抱える問題を二時間に詰め込んだ脚本の手腕はやはり素晴らしい。15年以上も前の作品だが、この映画のテーマは少しも古びていないと思う。ポール・ハギス監督の代表作として、個人的には映画史に残る作品だと感じる。

採点:8.5(10点満点)