映画を観て音楽を聴いて解説と感想を書くブログ

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映画「セッション」ネタバレ感想&解説 教師フレッチャーの行動には疑問が残るが、このエンディングのインパクトは絶大!

「セッション」を観た。

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ここ数年に公開された映画で「記憶に残る」という意味では、僕としてはトップ3に入る作品だ。劇場で観た時の各シーンがありありと思い出せる。それだけ稀有な映画体験だったのだろう。今回はブルーレイで再見。公開当時、ジャズミュージシャンの菊池成孔氏がかなり酷評していたのが印象深い。その理由もよく分かるが、「セッション」は色んな意味で議論の的になりやすい作品なのだろう。とはいえ、僕は今回の鑑賞も映画として、とても楽しめた。今回はネタバレ全開で。

 

監督:デミアン・チャゼル

出演:マイルズ・テラーJ・K・シモンズ

日本公開:2015年

 

あらすじ

19歳のアンドリュー・ネイマンはプロのジャズドラマーになることを夢見て、名門であるシャッファー音楽学校へ進学する。音楽学校で練習を重ねるアンドリューであったが、そこで有名教師であるテレンス・フレッチャーに才能を見出され、スタジオバンドのメンバーとして加入することとなる。一見、歓迎されたように見えたアンドリューだったが、過剰とも言えるフレッチャーの暴言や暴力を受けながらしごかれ、補欠としての扱いを受ける。

 

ある日、正規メンバーのドラム楽譜をアンドリューが紛失してしまい、ドラム担当の正規メンバーは演奏ができなくなってしまう。そこで楽譜を暗譜していたアンドリューが代わりにドラムを叩くこととなり、その結果、正式メンバーとして昇格することとなる。だが大事なバンドの大会当日、アンドリューは乗っていたバスのパンクという事情で本番の集合時間に遅れ、メインのドラム演奏者の座を降ろされそうになる。焦ったアンドリューはなんとかレンタカーで会場に向かうが、途中で事故を起こしてしまう。だが、血だらけになりながらもギリギリ会場に着き、ドラムを叩き始めるアンドリュー。しかし、朦朧とする意識の中でスティックを落とし、演奏は中断されてしまう。フレッチャーに「終りだ」と告げられたアンドリューは罵声を上げてフレッチャーに飛びかかるが、他のメンバーに抑えられ退場する。

 

アンドリューはフレッチャーが他の生徒も自殺に追い込んでいた事を知り、女性職員にフレッチャーが精神的苦痛を与える指導をしていた事を告白する。そしてアンドリューは音楽学院を辞める。だが町を歩いていても音楽が気になるアンドリューは、ジャズライブハウスでフレッチャーがピアノプレイヤーとして演奏しているという看板を見つける。

 

フレッチャーの演奏を聴いて帰るだけのつもりが呼び止められ、話をすることに。フレッチャーは密告によって音楽学院での指導をやめ、現在はフリーのミュージシャンになっていた。つぎはジャズのフェスでプロバンドの指揮をすると言う。そして、今度のジャズフェスティバルで自分が指導した曲をやるからバンドでドラムを叩かないかと、アンドリューを誘う。

 

もう一度、ドラムが叩ける事に喜びを感じるアンドリュー。だが、これはフレッチャーの罠だった。フェスティバル当日、フレッチャーは舞台上で「密告したのはお前だな、俺を舐めるなよ」と、アンドリューに囁く。そしてフレッチャーの指揮で始まった曲は、アンドリューが楽譜も持っていないまったく知らない曲だった。嵌められたのだ。即興でたたく事も出来ず、無能と罵られたアンドリューは一度ステージを降りる。だが意を決した様に、再びステージに上がるとフレッチャーが次の曲の説明を観客にしているのを遮るように、練習の時に罵られ続けた楽曲「キャラバン」のドラムを叩き始める。

 

最初は忌々しそうに指揮を始めるフレッチャー。だがバンドは最高の演奏を見せる。だが、それだけでは終わらなかった。曲が終わった途端に、今度はドラムの即興ソロを始める。アンドリューのその鬼気迫るパフォーマンスを見たフレッチャーは、思わず自らも興奮が抑えられず、指揮を取る。そして、思わず出た笑顔を交わす二人はフレッチャーの指揮でフィナーレを迎え、そのまま映画もエンドロールへ向かう。

 

 

感想&解説

ジャズドラマーとして命をかけて精進する青年と、超ドS教師が織り成す「音楽版青春スポ根映画」だと言ってしまえば簡単なのだろうが、実はそんなにシンプルな作品では無い。というのも、この映画の主要登場キャラクターは、観客が感情移入する事が出来ない様に設定されていて、最後まで観ても主人公アンドリューの行動には共感出来ないし、教師のフレッチャーに至っては何が彼の本心なのかが分からず、支離滅裂なキャラクターとして映る。

 

普通の映画を観終わった後の様に、ストーリーに対して「楽しかった」「悲しかった」「感動した」という様なシンプルな感想が出る作品では無いのだ。ただエンドクレジットを観ながら、「何か凄いものを観た」「興奮した」というカタルシスだけはある。圧倒的に気持ちが良くて、脳天が痺れる様な快感だ。これは「音楽的な快感」に近いだろう。映画のエンディングでは、音と音が交じり合いリズムがグルーヴを産み、ドラムを中心にバンドがひとつになる。まさに「セッション」を通じた音楽的な快感の渦の中に観客は放り込まれるのである。

 

そしてその演奏をしているのはもはや常人では無く、ジャズの狂気に取り憑かれた為に全てを捨てて、この境地まで辿り着いたアンドリューとフレッチャーの二人だ。この二人の狂った思考に、普通の観客が感情移入出来るはずがない。人間性を犠牲にしたが故に、ある”一線”を超えられたミュージシャンである二人が奏でる”魂の演奏”を、呆然としながら僕たちは鑑賞する。それがこの映画の圧倒的なエンディングの切れ味と、作品の強烈なインパクトに繋がっていると思う。

 

ある意味、この映画はラスト10分の快感の為に、一つ一つ階段を登るように観客にストレスを与える作りになっている。J・K・シモンズ演じる教師フレッチャーのアンドリューやバンドメンバーに対する、シゴキとイジメの数々は観ているのが辛くなる程で、そこには音楽に対する愛情や、生徒の成長を願う教師としての視点は感じられない。ここがこの映画の賛否を別けるポイントの様な気がするのだ。音楽の楽しさを知っていたり愛情がある人ほど、「こんな練習では楽器は上手くならないし、教え方も間違っている。そもそも、音楽とはテンポやピッチの完璧さが全てでは無いし、ましてや音楽の価値ではない」と感じるだろう。しかも、ラストシーンを除いて劇中でこの二人に本質的な信頼関係が構築されたり、お互いが献身的な行動に出たりなどは一切ない。

 

とにかく自らの進む「芸術の道」は他人を傷付け、いかなる犠牲を払っても邁進し手に入れるべきという極めて利己的な人間たちが、その極限で手に入れる「最高のセッション」をラストシーンで僕たちは目にする。そして、その最後の瞬間に初めてアンドリューとフレッチャーは、本当の意味でミュージシャンとして邂逅する。アンドリューの父親がステージ上の息子を見るあの強張った表情と、ステージ上の二人の笑顔は対照的だ。この映画における父親は「普通の人」のメタファーだから、一線を超えた二人はある意味、恐怖の対照なのだろう。

 

繰り返しになるが、キャラクターやストーリーで観客を感情移入させて、最後に大団円という構造とは、この「セッション」という映画は根本的に違う。これはアメリカのショービズの縮図を表現しているのかもしれない。恐ろしく才能のある人たちが、死ぬほど努力してあらゆる物を犠牲にしながら、勝ち進んだ結果だけを僕たちはステージやスクリーンで目にする。だが、そこまで到達出来なかった人達が、水面下にはゴマンと存在しているのだろう。正直、腑に落ちない点も多々ある。特にフレッチャーの裏切りなどは、キャラクター的な矛盾も感じる。何より音楽/ジャズの崇高さを求めるフレッチャーが、個人の復讐の為にステージ全体を犠牲にするのはおかしいだろう。これでは彼のキャラクターがぶれてしまう。ああいう場面を作らないと、ラストの展開に持っていけないという理由だろうが、ここは残念だった。

 

 

最後に、この映画の大事な要素である音楽について。基本的にはビックバンドジャズと言われるサックス、トランペット、トロンボーン、ピアノ、ベース、ドラムの編成で演奏されるバンド形式で、主人公はドラマーのバディ・リッチに憧れているという設定だ。この映画で特にフォーカスされるのは「ウィップラッシュ」と「キャラバン」という二曲である。どちらもジャズバンドアレンジが施された既存曲で、映画オリジナル曲では無い。映画のラストで、アンドリューが「キャラバン」の長大なドラムソロを聴かせるシーンがある。この曲は9分19秒にも及ぶが、その約半分がドラムソロである。これは、アンドリューが憧れ続けたバディ・リッチの再現だ。1962年に発表したアルバム「ブルース・キャラバン」に収められている「キャラバン」のドラムソロも約5分ある為、最後のソロはある意味でバディ・リッチがアンドリューに乗り移って叩かせたドラムプレイなのかもしれない。

 

とにかく、監督のデミアン・チャゼルはとんでもない熱量の映画を作り上げたと思う。とにかく始まったが最後、スクリーンから目と耳が離せない作品なのは間違いない。新作の「ラ・ラ・ランド」は2017年日本公開のミュージカル作品だが、既に高評価の嵐である。この監督の真価が問われる映画だろう。公開がとても楽しみだ。

採点:9.0(10点満点)