「MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間」を観た。
昨年12月の「観たい映画」リストにも入れていた本作をやっと鑑賞してきた。ジャズ界の帝王マイルス・デイヴィスをテーマに、俳優ドン・チードルが監督デビュー作として制作した作品である。マイルス・デイヴィスをテーマにした映画は意外な事に今まで無く、70年代に一時音楽界から引退し1979年カムバックするまでの空白の5年間をフィクショナルに描く映画になっている。
監督:ドン・チードル
日本公開:2016年
感想&解説
本作については、ストーリーはあってないようなものだ。ストーリー上のマクガフィンとして「マイルスが引退中に録音した幻の音源」というのが登場し、ひとまずキャラクター同士の擦った揉んだはあるが、これが完全にフィクションである為に、正直興味の薄い展開になってしまっている。何故なら「マイルスの幻の音源」など存在しない事を、僕たちは既に知ってしまっているからだ。
この作品は、ドキュメンタリーとしてマイルス・デイヴィスの人生を知りたい、もしくはマイルスの音楽的な才能や歴史的な価値を知りたいといった観客には、退屈な101分になるだろう。もちろん元妻のフランシス・テイラーについてや、彼の言動など多分に事実も含まれているだろうが、あくまで「テーマ」として、マイルスのキャラクターを活かした誇張したストーリーを紡ぐ事に主眼を置いている作品だからだ。
実際にバンドでトランペットを演奏するシーンも思ったより少なく、音楽映画としても物足りない。全体的に演出もあか抜けなくてテンポも良くないし、銃撃&カーチェイスシーンも、正直この映画にはまったく必要ないだろう。監督&主演のドン・チードルのマイルスへの愛は演技から伝わってくるが、そもそもドン・チードル自体が有名な俳優の為に最後までマイルスには見えず、それもノイズになってしまった。
ただ映画館の大音量で、改めてマイルス・デイヴィスの曲を聴ける体験は貴重かもしれない。良くも悪くも「カインド・オブ・ブルー」「スケッチ・オブ・スペイン」「ビッチェズ・ブリュー」といった名盤から、次々と曲がかかる度に、画面よりも音に集中してしまうという事態が発生してしまう程だ。
そんな本作品の最大の見どころは、エンディングのライブシーンだろう。正に現代のジャズアーティストでは、知名度/実力共にトップクラスのロバート・グラスパーが手掛けた楽曲「What’s Wrong With That?」を、あのハービー・ハンコックやウェイン・ショーターが演奏しているのだ。もちろんロバート・グラスパー本人もいるし、ドラムをプレイしているのはアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の「バードマン」で、あの最高のサントラを提供してくれたアントニオ・サンチェス!
ここでも中央でマイルスを演じているドン・チードルは残念ながら、お荷物と化してしまっているがそれも仕方ない。実際に超絶プレイを見せているアーティストの中に、俳優ドン・チードルがトランペットの真似事をしていても浮いてしまうのは避けられない。ここは素直に新旧の一流ジャズプレイヤー達が魅せる演奏シーンを堪能するのが吉である。
映画としての完成度は、残念ながらお世話にも良いとは言えない作品だと思う。マイルス・デイヴィスをテーマにするなら、彼の破天荒なキャラクターが魅力的なのは理解出来るが、個人的にはもっと「マイルス・デイヴィスの音楽そのもの」にフォーカスした作品が観たかった、というのが正直な感想である。
だが本作を観た後は、猛烈にマイルスの音楽が聴きたくなるという効果はある。僕は今、久しぶりに棚から引っ張り出した「死刑台のエレベーター」のCDを聴きながら、このブログを書いている。ロバート・グラスパーのマイルス愛が炸裂しているというアルバム「Everything's Beautiful」も未聴の為、早く買わなければ。マイルスのアルバムもまだまだ持っていないのも多いし、これは思わぬ出費が増えそうである。
採点:6.0(10点満点)