「ボーダーライン」を観た。
個人的には大ファンだと言っても良い位、今までこのブログでも取り上げてきた、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の2016年作品「ボーダーライン」を、久しぶりにブルーレイで再見。近作「メッセージ」も素晴らしかったし、「プリズナーズ」も「灼熱の魂」も本当に忘れがたい傑作だった。初期作品「渦」なども是非ブルーレイ化してほしいものである。さて本作「ボーダーライン」だが、これまた改めて大傑作だと思う。やはりドゥニ・ヴィルヌーヴは只者ではない。今回はなるべくネタバレ無しで。
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演:エミリー・ブラント、ベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ブローリン
日本公開:2016年
あらすじ
巨悪化するメキシコ麻薬カルテルを殲滅すべく、特別部隊にリクルートされたエリート FBI捜査官ケイト。CIA特別捜査官マットに召集され、謎のコロンビア人アレハンドロと共にメキシコのフアレスを拠点とする麻薬組織・ソノラを撲滅させる極秘任務に就くが、情報はシャットアウトされ、仲間の動きさえも把握できない常軌を逸した極秘任務に、ケイトは善悪の境界が徐々に分からなくなってゆく。一般市民がいる前での銃撃戦、汚職警官の横行、そして麻薬カルテル同士の抗争。そして、最後にケイトが知る事になる衝撃の真実とは?
感想&解説
「最高の映画」で感想が終わってしまう程に、ストーリーテリング、役者の演技、演出、撮影、音楽が高い次元で融合しており、素晴らしい作品だと思う。エミリー・ブラント、ベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ブローリンの3名はそれぞれが持ち味を活かした演技を見せているし、その役者同士が起こすケミストリーが映画の質をしっかり上げている。特にベニチオ・デル・トロは近年の出演作でも最高の存在感だ。
メキシコ麻薬カルテルものとして外せない、あの独特のヒリヒリする緊張感もしっかり演出されていて、主人公のエミリー・ブラント演じるケイトと同じく、観客は味方のはずであるCIAの中で起こっている状況すらも、満足に理解出来ずにストーリーが進む。自分が蚊帳の外に置かれているのを知りながらも、なんとかケイトはカルテルの尻尾を掴もうと奮闘するが、「彼ら」はそんなに甘いものでは無い事を、とてつもない緊迫感と共に画面を見守る観客も一緒に知る事になる。
この作品を見返してみて、改めて上手いと感じるのは冒頭のシーンである。FBI捜査官であるケイトと相棒のレジーは、人質奪還作戦としてアリゾナ州の民家に踏み込むのだが、壁から顔を潰されてビニールを被せられた死体が何十体も出てくる。その異様な光景もさることながら、SEにハエが飛び交う羽音を大きく入れ、隊員たちが吐瀉する姿までも描写する為、視覚だけでは無くこちらの嗅覚も刺激されるほどに強烈なシーンになっている。そして、その後の突然の爆発。このシーンがあるおかげで「この映画は、この後の二時間全く油断出来ないぞ」と観客に植え込む事に成功している。だからこそ、車によるフアレスでの護送シーンが、車が連なって走っているだけなのに、あれほど緊張感を持って感じられるのである。そして、そのテンションは映画が終わるまで途切れる事はない。
この作品は実際にアメリカで今も起こっている、麻薬にまつわる暴力の連鎖を描いている。大きな麻薬ビジネスという渦に巻き込まれた人間は、個人の理屈や事情などを越えて否応無く自分ばかりか家族の命をも奪われ、またその報復によって、新しい復讐を産む。汚職警官たちも家では子供を持つただの父親だが、貧困から麻薬カルテルの片棒を担ぎ、時として命を落とす。それを取り締まる方も、正攻法だけでは太刀打ち出来ない為、イリーガルで危険な方法を取るため、単純な正義と悪といった線引きが曖昧になってくる。
まさに国境という意味を越えた、善悪のボーダーラインを描いた作品という意味で、この邦題は映画の趣旨をうまく表現していると思う。ちなみに原題は「Sicario」といって、スペイン語で「暗殺者」という意味らしいが、これも映画を観た方なら、納得のタイトルだろう。劇中で流れるヨハン・ヨハンソンによるオリジナルスコアも、作品の不穏な空気を上手く表現していて素晴らしいし、撮影監督のロジャー・ディーキンスによる、色味と構図が完璧に決まった画作りは、流石あの「スカイフォール」の撮影監督だと感心する。とにかく映画的な一本として傑作に仕上がっている、この「ボーダーライン」は映画ファン必見だと思う。
ヨハン・ヨハンソン、ロジャー・ディーキンス共に参加している、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督最新作「ブレードランナー2049」は10月公開、もう秒読みだ。リドリー・スコットが手掛ける「エイリアン」と「ブレードランナー」の新作が同じ年の9月と10月に公開されるなんて、今年は幸せな秋になりそうだ。
採点:8.0(10点満点)