「ヘレディタリー/継承」を観た。
近年、非常に斬新でパワフルな作品を発表し続けているアメリカの映画制作スタジオ「A24」から、またとてつもないホラー映画が誕生した。監督/脚本は本作で長編監督デビューを果たしたアリ・アスター。主演は「シックス・センス」で少年コールの母親役でアカデミー助演女優賞にノミネートされたトニ・コレット。他には「ミラーズ・クロッシング」や「ユージュアル・サスペクツ」のガブリエル・バーンや、「ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル」のアレックス・ウォルフ。新人監督とは思えないクラシックな風格を漂わせながらも、怖さという意味では近年のホラー映画では頭一つ飛び抜けていると思う本作。今回もネタバレありで。
監督:アリ・アスター
出演:トニ・コレット、アレックス・ウォルフ、ミリー・シャピロ、ガブリエル・バーン
日本公開:2018年
あらすじ
祖母エレンが亡くなったグラハム家。過去のある出来事により、母に対して愛憎交じる感情を持ってた娘のアニーは、夫スティーブンと息子ピーターと娘チャーリーとともに淡々と葬儀を執り行った。だが祖母が亡くなった喪失感を乗り越えようとするグラハム家に奇妙な出来事が頻発し出す。そこにチャーリーが事故死するという、最悪な事態に陥った一家は修復不能なまでに崩壊するが、さらに想像を絶する恐怖がアニーたちを襲うのだった。
感想&解説
「映画の日」に鑑賞した事もあって満席の映画館であった。隣の席には恐らく大学生くらいの男性が座っていたのだが、映画の中盤くらいで「早く終わって、もうしんどい」と更に隣の友人に話しかけていたのが、この作品の怖さを表していると思う。またかなりの本数の作品を映画館で観ているが、大人の男性が悲鳴を上げているのを聞いたホラー映画は初めてだった。とにかく人を怖がらせるという一点においては、近年のホラー映画の中で間違いなく突出した一作であると言えるだろう。
特に本作は音の演出が面白い。決して大きな音のビックリ演出で怖がらせるタイプの作品ではなく、どちらかといえば静かに不穏な音がずっと続く事で、人を不安にさせる方向の演出方法なのだが、突如その場には相応しくない「ポン」という音が混じるなぁと違和感を抱いていると、それがシナリオ上の伏線になっていたりと油断が出来ない。かと思えば、ビジュアル的にも直接的なゴアシーンがいきなり放り込まれたりもして、とにかく上映中に気持ちが休まる事がないのだ。
基本的なお話としては「家庭崩壊もの」と「悪魔憑きもの」の混合と言えるだろう。最初に一家の祖母エレンの葬式のシーンから始まり、エレンの娘であるトニ・コレット演じるアニーが母親に対する複雑な感情を式の挨拶で吐露する。あまり理解できない母親であったと言うのだ。アニーの娘であるチャーリーは昔から対人恐怖症を患っていたがエレンの死を境に、ハトの首をハサミで切ったりといった奇怪な行動がますますエスカレートしていく。そんな中、祖母の部屋の扉が勝手に開いていたり、暗闇で何者かの気配を感じたりと家の中でも不穏な空気が漂い出す。さらに息子ピーターが運転する車に同乗していた娘のチャーリーが、車の窓から首を出した事で、柱で首を切断するというショッキングな事故が起こる。それをキッカケに母親アニーと息子ピーターの関係は悪化していき、アニーが夢遊病者であり、夜中にピーターとアニーを殺そうとしたという過去の事件も相まって、家庭は完全に崩壊していく。
アニーは、大事な人を失くした悲しみを癒すというグループカウンセリングに通い出すが、そこに参加している女性ジョーンから「交霊会」により死者と交流できるという話を聞き、死んだチャーリーと交流する為に、ピーターと父親スティーブンも無理矢理参加させて交霊会を行う。だが、これは祖母エレンと共に悪魔崇拝者であったジョーンの罠で、祖母エレンに憑依していた悪魔を召喚する儀式となってしまう。悪魔の目的は「健康な男」に乗り移る事であり、ピーターの身体を狙っていたのだ。完全に悪魔に支配されたアニーは夫スティーブンを焼き殺し、遂にはピーターを襲い始める。そして、悪魔はアニーに自らの首を切らせて殺し、ピーターに憑依する事に成功する。ラストシーンは、悪魔の王となったピーターに、悪魔崇拝者たちや首の無い死体がひれ伏すというシーンで映画は終わる。
上記から解る様に、宗教的で悪魔憑きというオカルトな題材なので、特に日本の観客には馴染みがないテーマなのは否めないだろう。観ながらもっとも思い出したのは、1973年ウィリアム・フリードキン監督の「エクソシスト」だったが、悪魔憑きという現象にどれくらいの嫌悪感を抱けるか?はこの作品の評価のポイントになるかもしれない。だが、冒頭に書いたように、恐怖を感じさせるホラー映画の演出としては、ほぼ完璧に近いと思う。音響とカットの間、画面の色味とカメラワークで鑑賞中にこれだけ「薄気味悪い」「気持ち悪い」と感じさせられたのは、1998年中田秀夫監督「リング」以来かもしれない。もちろん「死霊館」や「IT/イット」、「ソウ」といったエンターテイメントなホラー映画の名作もあるが、本作「ヘレディタリー/継承」は、もっと人間の原始的な恐怖感を呼び起こす作品だと思う。1968年ロマン・ポランスキー監督「ローズマリーの赤ちゃん」や、1973年ニコラス・ローグ監督「赤い影」にも影響を受けているそうだが、この嫌な感じはなるほどと納得である。
チャーリーの事故死なども全ては悪魔崇拝の呪いのせいだったというように(柱に紋章があった為)、かなりシナリオ的には強引だし、特に終盤は超常現象が満載の展開ではあるが、役者たちの迫真の演技と顔芸でグイグイとスクリーンに惹きつけられてしまう二時間になるだろう。観終わった後も、夜に布団に入った後や風呂場でふと本作のシーンを思い出して、ゾワゾワとした怖さを感じてしまうのではないだろうか。それくらい恐怖が後を引く傑作ホラー映画になっていると思う。アリ・アスター監督は本作がデビュー作ということだが、既に次回作もホラー映画を制作中らしい。素晴らしい監督と作品の登場を素直に喜びたい。
採点:8.0(10点満点)