「蜘蛛の巣を払う女」を観た。
原作「ミレニアム」は累計9,900部以上の売り上げを誇るベストセラー小説で、スウェーデンでは三作が映画化されている。ハリウッドでも8年前の2011年に、原作一作目にあたる「ドラゴン・タトゥーの女」が、デヴィッド・フィンチャー監督で制作され、主人公リスベット役をルーニー・マーラ、そしてジャーナリストのミカエル役をダニエル・クレイグというリッチな配役で映画化されていた。今回フィンチャーは製作総指揮のポジションで、監督はフェデ・アルバレス。2013年の「死霊のはらわた」で長編デビューし、2016年に「ドント・ブリーズ」という傑作ホラーで名を馳せた監督だ。本作は「ミレニアム」4作目を映画化しており、主演はクレア・フォイ。原作は未読である。今回もネタバレありで。
監督:フェデ・アルバレス
出演:クレア・フォイ、スヴェリル・グドナソン、シルヴィア・フークス
日本公開:2019年
あらすじ
冬のスウェーデン、ストックホルム。ドラゴンのタトゥーを背負った天才ハッカーのリスベット(クレア・フォイ)は、ある依頼を受けてアメリカ国家安全保障局のシステムから、核攻撃プログラム「ファイアーフォール」の暗号データを盗み出す。しかし、謎の侵入者に襲われ強奪されてしまう。ジャーナリストのミカエル(スヴェリル・グドナソン)らの協力のもと奪還を試みるものの、リスベットは事件の黒幕である闇の組織「スパイダーズ」に捕獲される。そして、16年前に生き別れた双子の妹カミラ(シルヴィア・フークス)と再会する。
感想&解説
2011年のフィンチャー監督作「ドラゴン・タトゥーの女」とは良くも悪くも違う作風の映画だと思う。本作は前作にあった「ハリウッド大作感」と「格調高さ」がかなり薄まり、もっと軽い小品に寄った作品だと感じた。ただカットが早くて編集のテンポも良いし、あまりダラダラと分かりきった事を描かず、セリフに頼らない編集は好感が持てる。白と黒(と赤)を基調とした色彩設計の画面からはクールな印象を受け、原作のリスベットというキャラクターの世界観と近いのかもしれない。
アクションシーンも頑張っており、スウェーデンの寒々としたロケーションで、氷の張った湖をバイクで走り抜けるシーンやリスベットの隠れ家が爆破されるシーンなども全体的に美しく、特に冒頭でDVをする男を懲らしめるリスベットの登場シーンは素直にカッコいい。さらに全体的にストーリーも悪くない。適度にツイストが効いており、飽きない程度にアクションシーンが挟みこまれ、上映時間中に退屈することはないだろう。非常に丁寧に作られた作品だと思う。
ただやはり、かなりインパクトは薄い作品と言えると思う。前作「ドラゴン・タトゥーの女」のオープニングで、レッド・ツェッペリンの「移民の歌(Immigrant Song)」をヤー・ヤー・ヤーズのカレン・Oがカバーしていたが、あの高いテンションは本作には無い。これは主演女優がルーニー・マーラからクレア・フォイに変更されているというのが大きいと思う。この女優が演じるリスベットには、とにかく派手さがない。もちろんタトゥーやピアスといった「リスベットっぽい格好」はしているが、髪型や眉毛は普通で行動もおとなしく、どこにでもいる可愛いロック好き女子といった感じで物足りない。やはりリスベット役はもう少し毒っ気があった方が良いと思う。
またハッカーという設定があまりに都合良すぎて、本作のハッキングとITの万能感は凄まじい。事もなく相手の行き先から屋敷の構造まで全てを割り出してしまうし、後半はSF映画のような射撃シーンも登場し、これはちょっと行き過ぎかなぁという感想だ。また男性キャラのミカエルも、前作のダニエル・クレイグと比べるのは酷だが、あまりに活躍の場がなく地味である。今回の悪役カミラを演じるシルヴィア・フークスも「ブレードランナー2049」のラヴ役だった女優だが、赤の衣装は映えているが、そこまでの悪には見えなく、最後は同情すらしてしまう半端なキャラクターだった。今作は全体的にキャスティングに難がある気がする。
フェデ・アルバレス監督の前作「ドント・ブリーズ」は、彼のやりたい事が観客に伝わってくる傑作だったが、今作はちょっと作品のバジェットが大きくなり、無難に丸くなってしまった印象だ。恐らく今後もシリーズは続くと思うが、出来ればキャストは全員変更の上、もう一度デヴィッド・フィンチャーが監督した「ミレニアム」シリーズの二作目「火と戯れる女」と三作目「眠れる女と狂卓の騎士」の映画化が観たいと思う。決して悪くない作品だが、映画においてキャスティングがいかに重要かを改めて考えさせられた一作だった。
採点:6.5(10点満点)