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映画「CLIMAX クライマックス」ネタバレ感想&解説 最悪なパーティへようこそ!ギャスパー・ノエしか描けない地獄絵図!

「CLIMAX クライマックス」を観た。

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「アレックス」「エンター・ザ・ボイド」などの尖った作風で有名な、フランスの鬼才ギャスパー・ノエの新作が公開となった。前作「LOVE 3D」から約三年ぶり。やはり新作も、ギャスパー・ノエの作品としか言いようのない独特の作品になっていたが、今作は今までのような批評家からの罵詈雑言は少なく、第71回カンヌ国際映画祭では芸術映画賞に輝いている。どうやら、1996年に起こった実際の事件からインスピレーションを得たらしい。主演は2017年「ザ・マミー呪われた砂漠の王女」に出演していた、眉毛が特徴的なソフィア・ブテラ。今回もネタバレありで感想を書きたい。

 

監督:ギャスパー・ノエ

出演:ソフィア・ブテラ、キディ・スマイル、ローマン・ギレルミック、ソウヘイラ・ヤケブ

日本公開:2019年

 

あらすじ

1996年のある夜、人里離れた建物に集まった22人のダンサーたち。有名振付家の呼びかけで選ばれた彼らは、アメリカ公演のための最終リハーサルをおこなっていた。激しいリハーサルを終えて、ダンサーたちの打ち上げパーティがスタートする。大きなボールに注がれたサングリアを浴びるように飲みながら、爆音で流れる音楽に身をゆだねるダンサーたち。しかし、サングリアに何者かが混入したLSDの効果により、ダンサーたちは次第にトランス状態へと堕ちていく。

 

 

感想&解説

監督のギャスパー・ノエ曰く、「思春期の子供たち向けの映画で、アルコールがいかに恐ろしいかを啓蒙するための作品」とのコメントがあるが、これは啓蒙目的といえども、さすがに子供たちには簡単にオススメできない作品だろう。そもそも、日本では「R18+」指定になっているし、本作は行き過ぎたアルコールとドラッグによる、性と暴力と狂気が描かれているからだ。過去作「アレックス」の様な直接的な性描写は少ないが、それでも登場人物達が交わす会話のほとんどは性的な含みがあるし、直接的な表現も飛び交う。特に前半の黒人ダンサー達の会話は、嫌悪感を抱く人がいてもおかしくないくらいに、下衆で露悪的だ。


出演者のうち、主演のソフィア・ブテラ以外は、演技経験のない本物のダンサーたちを起用して、即興の会話劇と身体的パフォーマンスをベースに、映画は最悪な方向に進んでいく。このダンサーを起用している事にはもちろん理由があり、それが最も直接的なカタルシスに繋がっているのが、冒頭約10分ほどのダンスシーンだ。シンプルなカメラワークでありながら、ワンカットで繰り広げられる22名のダンスシーンは、躍動感と淫猥さに満ちており本作の白眉の場面だ。真っ赤な床と照明、さらにフランスのディスコクラシックであるCerrone「Supernature」のビートと彼らのキレキレのパフォーマンスが混ざり合い、この不条理劇のオープニングとして相応しい見事なシーンだったと思う。


正直、ストーリーとして特に明確な起承転結がある作品では無い。冒頭のダンスシーンが終わると、徐々にLSDの入ったサングリアを飲んだダンサー達の意識が壊れ、ある者は暴力的になり、ある者はセックスに固執し、ある者は理不尽な行動を取り始める。ダンサーという身体的な動きで全てを表現する人間達が、互いに傷つけ合い錯乱して、遂にはその動きを止めるまでの一夜を描いているだけの作品だとも言える。そして、その中でギャスパー・ノエは、日常の中で人が見たくないと思うシーンをスクリーンの中に頻発させる。直接的なグロ表現は抑え目だとはいえ、それは女子が立ったまま床に放尿するシーンであり、妊婦が腹を蹴られるシーンであり、人が火だるまになるシーンであり、自らナイフで身体を切りつけるシーンであり、兄と妹の近親相姦であり、無垢な子供が死ぬようなシーンの事だ。

 

映画の冒頭では、各ダンサーたちがインタビュー形式で意気込みを語っているシーンがある。そのテレビの横には映画のDVDが積まれているのだが、その作品群は「ソドムの市」「アンダルシアの犬」「サスペリア」「イレイザーヘッド」「ゾンビ」「アングスト/不安」といったもので、まるでこの映画のテイストを事前に提示しているようなラインナップだ。かなり暴力的でトリップ状態のダンサーたちによる乱痴気騒ぎは、観ていてストレスが溜まるのだが、それは作品としての演出コンセプトなのだろう。ハッピーな映画でないことは間違いない。


長回しで、まるで観客がその場にいるような気分にさせられる様なショットの多用と、グラグラと揺れるカメラワーク、さらに常に誰かの悲鳴と叫び声が聞こえる環境で、マトモではない登場人物の行動を延々と見せられる地獄絵図には、こちらの鼓動も早まり、体温が上がってくる。観客も徐々に精神的に追い詰められるのだ。天井と床が逆さまになったかと思ったら、字幕も上下反転して表示される映画なんて初めて観た。本作はあまりスクリーンに近い座席だと、酔ってしまうかもしれない。特にラストのバッドトリップ描写は、もはや体感に近い。本作が97分という、比較的タイトな上映時間で本当に良かった。

 

 


一応ラストでは、誰がサングリアにLSDを入れたのか?というサスペンス的な結末も、レズビアンの大柄の方である「プシケ」だったという一応の決着が着くし、冒頭の雪の中を這いずり回っていたのは、妊娠していた「ルー」だったことも解る。だが、これは本作にとってはほとんど添え物に過ぎない。この映画の本質はここには無いからだ。とにかく強烈に観る者を選ぶ作品だが、現実には経験出来ない悪夢の擬似体験という意味で、本作はとても映画的なモチーフだろう。世界には様々な表現があってもいい。これだけ恐れを知らない、ギャスパー・ノエの様な映画作家は貴重だと思う。

採点:7.0(10点満点)