「ジョジョ・ラビット」を観た。
「マイティ・ソー バトルロイヤル」のタイカ・ワイティティ監督による、第44回トロント国際映画祭で最高賞である観客賞を受賞し、第92回アカデミー作品賞にもノミネートされているヒューマンコメディ。製作は「シェイプ・オブ・ウォーター」や「スリービルボード」のFOXサーチライト・ピクチャーズ。彼らはまたもや個性的な作品を世に送り出したと思う。第2次世界大戦下のドイツが舞台であり、一瞬取っつきにくい映画かと思うが全くそんな事はなく、主人公ジョジョの可愛さとコメディ的な演出が相まって、上映時間はあっという間に過ぎるだろう。ジョジョ役をローマン・グリフィン・デイビス、母親役をスカーレット・ヨハンソン、教官のクレツェンドルフ大尉役をサム・ロックウェルが演じており、ワイティティ監督はユダヤ系であるにも関わらず、自らがジョジョのイマジナリーフレンドであるアドルフ・ヒトラーに扮している。今回もネタバレありで。
監督:タイカ・ワイティティ
出演:ローマン・グリフィン・デイヴィス、サム・ロックウェル、スカーレット・ヨハンソン
日本公開:2020年
あらすじ
第2次世界大戦下のドイツに暮らす10歳のジョジョは、空想上の友だちであるアドルフ・ヒトラーの助けを借りながら、青少年集団「ヒトラーユーゲント」で、立派な兵士になるために奮闘する毎日を送っていた。しかし、訓練でウサギを殺すことができなかったジョジョは、教官から「ジョジョ・ラビット」という不名誉なあだ名をつけられ、仲間たちからもからかいの対象となってしまう。母親とふたりで暮らすジョジョは、ある日家の片隅に隠された小さな部屋に誰かがいることに気づくが、それは母親がこっそりと匿っていたユダヤ人の少女だった。
感想&解説
2020年日本公開作品の豊作ぶりは、ただ事ではない。「パラサイト 半地下の家族」「フォードvsフェラーリ」「リチャード・ジュエル」と続いて、この「ジョジョ・ラビット」である。評論家はもちろん、観客からの評価も高い為に期待を持って鑑賞したが、この評価も頷ける傑作であった。まずオープニングのビートルズ「I Want to Hold Your Hand」のドイツ語バージョンに驚かされる。これは実際に、西ドイツのレコード会社から依頼されて、ビートルズが1964年にリリースしたバージョンである。映画で使用されているのを初めて聴いた。当時の「ビートルズ」に熱狂する人々と、ヒトラーを信仰するドイツ人を交互に見せていくことからも、「この映画はコメディですよ」という監督からの宣言に取れるが、ここから本作のユニークな雰囲気がすでに漂ってくる。
主人公はジョジョという10歳の男の子だ。誰しも子供の頃に、空想の友達「イマジナリーフレンド」と頭の中で会話した事が一度や二度はあるだろうが、それがこのジョジョにとってあの「アドルフ・ヒトラー」だという設定がこの作品を個性的なものにしている。ジョジョは、まるでヒーローのようにヒトラーを敬愛しているのが映画冒頭から描かれるのだが、子供にとって大人からの教育による刷り込みは絶対なのだろう。「ヒトラーユーゲント」という学校で教わるナチズムの結果が、彼の思想に大きく影響しているという描写の中で、子供たちを集めてのユダヤ人への間違った洗脳やナイフを持たせての暴力、本を喜々として焼く行為などは、基本的には当時のドイツ人たちをバカバカしいコメディタッチで描いてはいるが、それでも観ていて背筋が凍る思いがする。
だが、この「ヒトラー万歳」の陰惨な世界において、ジョジョにとっても観ている観客にとっても救済となるのが、スカーレット・ヨハンソンが演じるジョジョの母親ロージーだ。彼女はユダヤ人の女性エルサを家の2階に匿っているのだが、彼女が息子ジョジョに伝える言葉と行動のひとつひとつが、「人を愛する事とは」「人生の価値とは」を明確に表現している。映画序盤、ジョジョはヒトラーの信仰者の為、母親の価値観とぶつかるシーンが度々ある。だが10歳の息子に対して、そしてユダヤ人であるエルサに対して、いつもユーモアを忘れず深い愛を持って接している彼女の姿には強く心を揺さぶられる。ロージーがジョジョの靴ひもを結んであげる姿が、劇中繰り返しリフレインされるが、ラストシーンでジョジョが靴ひもを結んであげる相手は誰か?から、彼の「男としての成長」が画的に表現されている。今回、スカーレット・ヨハンソンはアカデミー助演女優賞にノミネートされているが、これはぜひ受賞してほしい名演技だった。
また、もう一人忘れられないキャラクターが、サム・ロックウェル演じるK大尉だ。このキャラクターが非常に多面的で面白い。一見、タカ派ゴリゴリのナチズム信仰者のように見えるが、実は序盤の本を焼くシーンで見せる虚無感に似た表情からも、すでに彼が行動とは違った感情を持っていることが示唆されている。いつも部下の男性と一緒に行動しており、バカな軍服のデザインを考えているかと思えば、いつも事態をはぐらかすといったコメディリリーフの役回りなのだが、彼はLGBTなのだろう。男性部下とのあるシーンでのちょっとした仕草から、それが表現されているのだが、当時のナチスは同性愛も迫害していたことから、迫害される者の気持ちが理解できるという表現が繊細になされている。最終的に彼はユダヤ人女性エルサもジョジョの命も、自らを犠牲にして救ってくれるのだ。
カメラが子供目線で進む先に母親ロージーの「靴」を見つけたときの衝撃は、スティーブン・スピルバーグ監督の傑作「シンドラーのリスト」における赤い服の女の子に匹敵するインパクトだと思うし、ラストシーンのジョジョとエルサがダンスするシーンの多幸感は、まるでジョン・カーニー作品のようだ。ちなみにその曲はデヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」ドイツ語版。この曲は、「ベルリンのスタジオから見えた、壁の前で逢い引きする男女の光景」からインスピレーションを受けたと生前のデヴィッド・ボウイは語っている。歌詞は、「あの壁の傍らに立って 頭上でいくつもの銃声が轟くなか 僕らはキスを交わした 何事もないかのように 僕らはうち倒せる、いつまでも永遠に そうすれば僕らは英雄になれるかもしれない、たった一日だけなら(歌詞カードから一部抜粋)」、この作品の幕引きに相応しい楽曲だろう。
過去にナチズムを糾弾した作品は多数あった。だが、まだ違う表現方法があったのかと「映画」というメディアに新しい可能性を示した作品としても、本作は高い価値がある気がする。ドイツ人役が全員英語を話しているという違和感が最初はぬぐえなかったが、ストーリーに引き込まれてそのうち気にならなくなった。また、最後に主人公のジョジョを演じた、ローマン・グリフィン・デイヴィスくんがとてつもなく可愛いのも記載しておきたい。本作も2020年度のアカデミー作品賞にノミネートされているが、本当に今年は各ノミネート作品が強すぎて予想がつかない。本作も映画ファンなら必見の素晴らしい作品だった。
採点:8.0(10点満点)