「1917 命をかけた伝令」を観た。
007シリーズの「スカイフォール」&「スペクター」や、99年にアカデミー作品賞も受賞した「アメリカン・ビューティー」などで知られる、名匠サム・メンデス監督が、「ブレードランナー2049」の撮影監督である名手ロジャー・ディーキンスとタッグを組んで製作した、第1次世界大戦を舞台に描く戦争ドラマ。第92回アカデミー賞では作品賞、監督賞を含む10部門でノミネートされ、作品賞の大本命だと思われていたが、結果的には撮影賞、録音賞、視覚効果賞の受賞に留まったのも記憶に新しい。主演の2人は、ジョージ・マッケイ、ディーン・チャールズ=チャップマンという若手俳優が演じているが、実はベネディクト・カンバーバッチ、コリン・ファース、マーク・ストロングらの有名イギリス人俳優たちも出演しているのには驚いた。今回もネタバレありなのでご注意を。
監督:サム・メンデス
出演:ジョージ・マッケイ、ディーン=チャールズ・チャップマン、マーク・ストロング
日本公開:2020年
あらすじ
1917年4月、フランスの西部戦線では防衛線を挟んでドイツ軍と連合国軍のにらみ合いが続き、消耗戦を繰り返していた。そんな中、若きイギリス兵のスコフィールドとブレイクは、撤退したドイツ軍を追撃中のマッケンジー大佐の部隊に、重要なメッセージを届ける任務を与えられる。
感想&解説
まずネットの至る所にもう書かれているが、本作は「全編ワンカット撮影」ではない。もちろん長回しを多用しており全体が継ぎ目なく見える為、明らかにカットが切れた様に見えるシーンは、主人公が気を失ってしまい時間が経過したことを表現するための一か所しかない。だが実際には画面が暗くなった際に一度カットを切って、明るくなった時にそのシーンと繋がるカットから始めたり、人物がフレームアウトした時に上手くカットを繋いでいるといった、昔ながらの「ワンカット風」編集技法が使われていて実際はかなりのカットを割っているだろう。とはいえ、様々な技法のおかげで驚く様なカメラワークのショットが頻発し、目を楽しませてくれるのは確かだ。
ワンカット風の作品には、古くはアルフレッド・ヒッチコック「ロープ」が有名だが、他にもアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」や、近作でも「ハードコア」「ウトヤ島、7月22日」など、数多くある。だが、僕が本作を観ながらもっとも思い出したのは、2006年アルフォンソ・キュアロン監督「トゥモロー・ワールド」だ。「トゥモロー・ワールド」」は近未来SFなので、ジャンルとしては本作と全く違うのだが、表現方法が近しいので触れていきたい。
「トゥモロー・ワールド」は全編がワンカット風ではないが、主人公たちの主観に寄り添った、自分がその場に放り込まれたような感覚に陥るようなシーン演出が随所に施されていた。それが本作「1917」では「オールワンカット風」という演出手法のおかげで、さらにその強度を強めた作品になっていたと思う。そして他の類似点としては、「どうやって撮ったんだろう?」という画的な驚きに溢れたシーンの数々だ。特に「トゥモロー・ワールド」における、クライマックスの戦闘シーンでの爆破の数々と血のりシーンは、いま観直してみても奇跡的なショットだと思うが、本作「1917」でも突如として飛行機が遠方上空から手前に飛び込んでくるシーンや、大量のモブシーンと爆破の中で主人公が爆走するシーンなど、「とにかく映像で観客を驚かせる」というコンセプトは見事に受け継がれている。
そしてもうひとつの「トゥモロー・ワールド」との類似点は、主要キャラクターだと思っていた人物があっけなく死ぬところだろう。「トゥモロー・ワールド」の場合は、いわずと知れたジュリアン・ムーアが演じていた主人公の妻役だ。彼女は反政府グループの首謀者という大事な役どころだったにも関わらず、びっくりするほど簡単に序盤で命を落とす。ここからネタバレになるが、その役割が本作においては、ディーン=チャールズ・チャップマン演じるブレイクとなる。観客はオープニングから登場する、この若き兵士のスコフィールドとブレイクの二人が良きバディとして、最後まで物語の中で活躍するのだろうと思っていると、ブレイクは早々にドイツ兵に刺殺されてしまう。この意外性によって、観客の頭に「この作品は油断できないぞ」という刷り込みがなされるという意味で、「トゥモロー・ワールド」と同様に、「1917」のこの展開はシンプルながらツイストが効いており面白いと感じた。
本作「1917 命をかけた伝令」は、極めて「映画的な満足度」が高い一作だと思う。ジャンルは戦争アクションというよりは、タイムリミット・サスペンスだろう。そして、ロジャー・ディーキンスが撮影する画面の端々には、溢れるくらいの情報が映り込んでおり、一時もスクリーンから目が離せないし、「ワンカット風」であるがゆえに、一体どれだけリハーサルを重ねて撮影したのだろうという、カメラワークの技巧と画的な美しさの数々には心底唸らされる。ブレイクが死ぬシーンの直前、スコフィールドが水筒に貯めるミルクが、後半では女の子の赤ちゃんに渡るというミルクを使った「生と死」の演出や、オープニングとエンディングのシーンが対になっている流れなど、作品の構成も優れている。本作はサム・メンデスの芸術的な作家性と、映画が持つフィジカルなアクション性が融合した快作と言っていいだろう。できれば、IMAXで観た方が本作の良さはより引き立つと思うので、できればそちらがオススメだ。
採点:8.0(10点満点)