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映画「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」ネタバレ感想&解説 カンニングをテーマにしたエンタメ作品ながら、最後は泣かされる事間違いなし!

「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」を観た。

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実際に起こったカンニング事件をモチーフに製作されたタイ映画。2017年のタイ映画ランキング1位を記録しており、公開当時は世界中で称賛の声が上がっていた。天才少女役を演じたチュティモン・ジョンジャルーンスックジンは、もともとはファッションモデル出身でほとんど演技経験がなかったが、そんな事を微塵も感じさせない嘔吐シーンなど、ある意味で身体を張った見事な演技を見せていた。今回は劇場公開時に見逃していたため、ブルーレイにて鑑賞。ネタバレ注意で。

 

監督:ナタウット・プーンピリヤ

出演:チュティモン・ジョンジャルーンスックジン、チャーノン・サンティナトーンクン

日本公開:2018年

 

あらすじ

小学校、中学校と優秀な成績を収め、その頭脳を見込まれて進学校に特待奨学生として転入を果たした女子高生リン。彼女は友人のグレースにどうしても頼まれ、テストの最中にカンニングの手助けをする。すると、そのリンの噂を耳にしたグレースの彼氏パットは、試験中にリンがテストの答えを教え、その代わりに代金をもらうというビジネスを持ちかける。その後、さまざまな高度な手段を駆使し学生たちはテストを攻略することにより、リンの儲けも増加していく。そしてリンは、アメリカの大学に留学するため世界各国で行われる、大学統一入試「STIC」の攻略をグレースから依頼され、学校でリンと一二を争う秀才のバンクに手助けを頼むのだった。

 

感想&解説

これは傑作チームケイパームービーだ。今までタイ映画にはほとんど接してこなかったが、これだけ面白い作品が作られているのかと素直に驚かされた。監督のナタウット・プーンピリヤは普段CM制作に携わっているらしいのだが、テンポの良い編集とケレン味の効いた演出で上映時間があっという間に過ぎる。ブルーレイに収録されていた監督インタビューに、マーティン・スコセッシ監督の1992年「グッドフェローズ」を観て映画が好きになったという発言があったが、なるほどそれも頷ける。カンニング」をテーマにした作品という事で、いわゆる「バレるか?バレないか?」のスリルは近年観た作品の中でも屈指の出来だし、主人公リンとそのパートナーである秀才のバンクを様々な試練が襲いかかり、観ている間は心拍数が上がりっぱなしだ。


また作品を観る前には、主人公たちが未成年の「カンニング」がモチーフの作品という事で、大人が主役のマフィアやヤクザ映画とは違い、倫理観的な問題があるんじゃないかと思っていた。具体的には、他の生徒に「カンニング」をさせてお金をもらうという行為を、観客として無邪気に応援できるのか?という問題なのだが、これにも本作は納得感のある設定を用意している。いわゆるタイの教育事情と格差社会問題である。主人公のリンやバンクは学校の成績は優秀だが、裕福な家庭には生まれていない。だが、勉強をしたいという熱意や努力で良い成績を収めてきたのに、学校側はワイロの要求は当たり前だし、さらに富裕層の子供たちは甘やかされて育っており、金を払って成績を上げることに何の躊躇もない。だが、一方でリンやバンクの親は貧困の為に必死に働き、子供の学費を作るのに自らの人生を削っている。こんな不公平な世の中で、リンたちが強く生きていくにはどんな方法でも「お金」を作るしかないと痛烈に訴えてくるし、それをある程度は観客も理解してしまう作りになっているのだ。


リンが他の生徒たちにカンニングさせる方法は、正直かなりアナログな方法だ。どれもマークシート方式であるがゆえに出来る方法で、消しゴムに答えを書いて回す、ピアノのように指を順番に動かすパターンで四択を教える、国際的な試験で時差を利用して丸暗記で携帯に答えを送るなど、一歩間違えばどれもバレてしまうリスクが高い。だからこそ観客はドキドキするのだが、同じ「試験」という試練でもそれぞれのシチュエーションによって、バレるリスクが違うので、違う緊張感が味わえるのがこの映画を飽きずに楽しめるものにしている。このあたりはまるでスパイ映画のようで、監督の口からも「ミッション:インポッシブル」のタイトルが出ていたが、面白さの質は近いものがあるだろう。


更にこの作品は少女たちの成長譚でもあるのが、興味深い。負け犬の自分たちはお金を稼ぐしか生き抜く方法はないと信じていたリンが、物語の最後に気づく事は「自らの罪と向き合うこと」である。この作品はカンニングが成功し大金を手に入れて幸せ、という安易な結末にはならない。カンニングがバレたバンクは自らの留学の夢を絶たれ全てを失ってしまった上に、犯罪への倫理観すらも失くしてしまう。そのバンクに、リンは更なるカンニングによる金儲けを持ちかけられるが、逆にリンは自分の犯した罪を自首して贖おうとするのだ。それはリンには、常に戻るべき「正しい父親」という存在があったからだ。貧しいながらも常にブレずに正しい考えを持つ父親は、リンにとって最後まで道しるべだった訳である。だからこそ、ラストで犯罪によって大金を稼ぐよりも父と同じ教職という道を目指して進み始めるのだ。この少し苦い余韻がこの作品を特別なものにしていると思う。


結論、劇場公開時に観ておけば良かったと後悔するほどに素晴らしい作品だった本作。個人的にタイ映画に対するイメージもかなり変わった。まさにエンターテイメント要素と社会批判をうまく融合させて、一本の映画として成立させた傑作だと思う。時差のカンニングトリックを思いつくシーンで、リンが着ているTシャツの背中に印字されている「Making It Happen.(実現させよう)」の文字。こういう粋な演出もこの映画の魅力だろう。

採点:8.5(10点満点)