「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」を観た。
今なお俳優として大活躍中のマット・デイモンとベン・アフレックが初めて脚本を書き、見事に第70回アカデミー脚本賞を獲得した大傑作ヒューマンドラマ。精神分析医を演じたロビン・ウィリアムズもアカデミー助演男優賞を獲得している。監督は「ドラッグストア・カウボーイ」「マイ・プライベート・アイダホ」のガス・ヴァン・サント。ロビン・ウィリアムズは2014年に自殺しているが、本作が彼のベストアクトだと個人的には思っている。若き日のマット・デイモンとベン・アフレックの演技も非常に良いし、やはり本作に関してはそもそもの脚本が本当に素晴らしい。今回もネタバレありで。
監督:ガス・ヴァン・サント
出演:マット・デイモン、ベン・アフレック、ロビン・ウィリアムズ
日本公開:1998年
あらすじ
ボストンに住む青年ウィルは、幼い頃からの虐待のトラウマとあまりに天才的な頭脳の為、周囲から孤立していた。ある日ウィルは仲間と共に暴力事件を起こすが、彼の数学の才能に気付いた大学教授のランボーは彼を保釈する代わりに、自分の元で数学を学ぶ事とカウンセリングを受ける事を条件とし、精神分析医のショーンを紹介する。初めは頑なだったウィルの心は、ショーンによって次第に解きほぐれていく。
感想&解説
98年日本公開作品だが、今でも一番好きなヒューマンドラマ映画は?と聞かれると、僕はこの「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」を挙げる。今回改めて観なおしたが、本当に無駄なシーンが無い上に名セリフのオンパレードで、何度も観ているはずなのに涙を止められなかった。悲しくて泣けるというよりは、爽やかな感動で泣ける作品だと思う。主人公のマット・デイモン演じるウィルは、いわゆる「天才」の役だ。今までも天才を扱った映画はたくさんある。例えば1984年「アマデウス」や2011年「ソーシャル・ネットワーク」、2015年「イミテーション・ゲーム」「スティーブ・ジョブス」あたりはそうだろう。史実をベースにした作品が多いかもしれない。彼らは大体がとっつきにくい変人であり、周りとの人間関係がうまくいかずに孤独だ。本作のウィルも映画の冒頭、いきなり天才的な数学の才能を見せるが、やはり粗暴で偏屈な男として描かれる。この時点ではウィルの才能は決して彼を幸せにはしていないのだ。
おおよそのストーリーはこんな感じである。マット・デイモン演じる主人公ウィルは、名門校MITの清掃員として働いているが、ある日廊下の黒板に書かれた超高難易度の数学の問題を解いてしまい、それを数学教授であるランボーに見つかる。ウィルは天才的な頭脳を持っていたが親から虐待された過去のトラウマから、ベン・アフレック演じる地元の親友チャッキーとその仲間以外はまったく信用していなかった。肉体労働や清掃業で生計を立てては、仲間たちと遊び歩きケンカをする日々。ある日ウィルは暴力事件を起こし逮捕されるが、ランボー教授は保釈する条件として、自分の元で数学を学ぶ事とカウンセリングを受ける事をウィルに告げる。だがウィルは人を信用せず、さらに頭が良すぎるためにカウンセラー達を馬鹿にしてしまい、上手くいかない。最後の手段としてランボー教授が考えたのが、心理学者で旧友であるロビン・ウィリアムズ演じるショーンと会わせることだった。最初の面談ではいつものようにウィルがショーンを挑発して、上手くコミュニケーションが取れない二人だったが、ショーンは妻を亡くした自らの苦しい体験を語ることにより、ウィルの心は徐々に打ち解けていく。また、数学教授のランボーは自分よりも才能のあるウィルに対して嫉妬を感じつつも、その能力を将来に活かそうとしないウィルに苛立ちを感じてもいた。
ここからストーリーは主人公ウィルを中心として、カウンセラーのショーン、親友のチャッキー、教授ランボー、そして恋人のスカイラーとの関係を描いていく事になる。この物語で根っからの悪人はいない。それぞれがそれぞれの立場でウィルの将来を案じ、気遣っている。だがウィルは彼らとの関係に上手く順応できず、いつも尖った言葉で傷つけてしまうのだ。その中で、ショーンとの出会いがもっとも大きく彼を変えていく。最初カウンセリングに興味がないウィルは、わざとショーンの価値観をことごとく否定する。彼の描いた絵に対し、「線画と印象派の折衷でゴチャゴチャしてるし、まるで構図もウィンスロー・ホーマーのパクリみたいだ」と本で読んだ知識をベースに非難する。さらにショーンの亡くなった奥さんの事も馬鹿にするような発言に至り、遂にショーンを激怒させてしまう。
だが次週の面会にて、ショーンはウィルにずばり本質を突きつける。「例えば美術に関して聞けば、君は博識を披露するだろう。だが、システィナ礼拝堂の美しい天井を見上げたことはないだろう?女性についても君の好みくらいは語れる。だが、本当に人を愛したことはあるかい?」「君は孤児なんだろ。僕がこう言ったら?君の苦しみはよく分かる。なぜならオリバー・ツイストを読んだから。どういう気がする?」「本で読める知識は語れるのに本当の自分の考えを語る言葉はない。見破られるのが恐いか?心を開ける相手はどこにいる?全ては君しだいなんだ。」このシーンを筆頭に本作のロビン・ウィリアムズの演技は、人生を達観しながらもウィルに対して、いつも共感や優しさを持って接するメンターという繊細な役を、とても上手く表現している。
ショーンが亡くなった奥さんのおならの大きさを笑いながら語る時、初めて彼女と出会った日に何日も並んで手に入れた野球の試合に行かずに奥さんと過ごす事を決め、今でもそれを全く後悔していない事を語る時、ウィルは初めて「本当に人を愛する」という意味を知る。ウィルにはスカイラーというハーバード大学の学生で笑いのセンスも同じ、完璧な女性だと思える友達がいた。だが、その素晴らしすぎるイメージが壊れるのが怖くて、彼女をデートに誘えずにいるとショーンに相談する。その話を聞いたショーンは「君も完璧じゃないんだ。君が出会ったスカイラーも同じく完璧じゃない。でも問題はお互いにとって完璧かどうかなんだ。だからこそ、相手を深く知るんだ。」と諭すシーンや、自分も父親から虐待を受けていたことを告白したショーンが、優しく「君は悪くない」と何度もショーンに語り掛けると、遂に今まで虚勢を張っていたウィルが泣き崩れてショーンに抱き着くシーンなど、この作品の名場面は観る者の心を揺さぶり、ずっと記憶に残り続ける。
ショーンとの出会いによって人間的に少しずつ成長していくウィルだが、スカイラーは医者になる為にカリフォルニアに旅立ってしまい、才能を活かした新しい仕事に挑戦する事もなく、このまま工事現場で仕事を続けて人生を過ごそうかと思っている時、親友のチャッキーはウィルにこう告げる。「20年たってお前がまだここに住んでたら、俺はお前をぶっ殺してやる。脅しじゃない、本気だ。」これは自分たちには無い才能を持っているウィルに対してチャッキーからの応援だ。チャッキーも本音では、このままウィルと楽しく毎日を過ごしたいという気持ちはあるだろう。だが、本当に彼の将来を考えているからこそ、お前は生まれながらに当たりくじを持っているのだから、それを換金しろと告げるのである。
そして、ウィルは遂にカリフォルニアのスカイラーの元に旅に出る。そこには覚悟と責任が付きまとう。だが、彼の才能を活かして自分の人生を生きていくのである。「一番のスリルは車を降りてお前んちの玄関に迎えにいく10秒間。ノックしてもお前は出て来ない。何の挨拶もなく突然お前は俺たちの前から消えてる。そうなればいい」こう告げたチャッキーが、ウィルが旅立った後、本当に家から出てこなかった時に見せる演技の素晴らしさたるや。悲しさと誇らしさが入り混じった絶妙な表情を浮かべて、しばらく立ち尽くすのである。この表情だけでチャッキーが何を考えているのかが手に取るようにわかる。
この作品で見せるウィルとチャッキーの輝きは、これからハリウッドでスターになっていくマット・デイモンとベン・アフレックの将来を暗示しているようである。ガス・ヴァン・サント監督の最高傑作としても、映画史に残るヒューマンドラマの傑作としても、「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」は必見だ。この先も、一番好きなヒューマンドラマ映画は?と聞かれれば、僕は本作を挙げると思う。
採点:9.5点(10点満点)