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映画「グッバイ、リチャード!」ネタバレ感想&解説 ジョニデが描く人生賛歌!

「グッバイ、リチャード!」を観た。

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ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生」から、日本では約二年ぶりにジョニー・デップが出演したヒューマンドラマ。主演では「パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊」ぶりだろうか。ただ海外では2018年に公開されていたようで、日本公開にあたってはなんらかの事情によりタイムラグが出たようだ。監督はウェイン・ロバーツという1983年生まれの新人で、本作が長編二作目らしい。脚本も担当しており、かなりのインディペンデント映画と言えるだろう。ガンにより余命180日を宣告された大学教授が残された時間をどう生きるのか?という普通なら重くなりがちなテーマだが、ジョニー・デップが主演したことにより軽快な人生賛歌の物語になっていたと思う。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:ウェイン・ロバーツ

出演:ジョニー・デップローズマリー・デウィット、ゾーイ・ドゥイッチ

日本公開:2020年

 

あらすじ

美しい妻や素直な娘と何不自由ない暮らしを送る大学教授リチャードは、医師から突然の余命宣告を受ける。追い打ちをかけるように妻から不倫を告白され、死を前に怖いものなしとなった彼は、残りの人生を自分のために謳歌することを決意。ルールや立場に縛られない新しい生き方はこれまでにない喜びをリチャードに与え、そんな彼の自由な言動は周囲にも影響を及ぼしていく。

 

 

パンフレットについて

価格700円、表1表4込みで全20p構成。

デザイン性が高く装丁も良い。ジョニー・デップのインタビューやフィルモグラフィが掲載されている。さらに宇野維正氏と佐藤友紀氏のレビューが掲載されており、読み応えもある。

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感想&解説

冒頭10秒でジョニー・デップ演じるリチャードという大学教授が、医者から余命180日を宣告されるシーンから幕を開ける本作は、91分という上映時間が示すようにテンポよく軽快なタッチで展開していく。重くなりがちなテーマに関わらず、特に前半に関しては下ネタも多く、まさにジョニー・デップという俳優が持つアバンギャルドで型破りなイメージが、このリチャードというキャラクターに上手く活かされており、全体的に軽い。彼の映画開始のセリフは、いわゆる「Fワード」の連呼だ。だが、実際に余命半年の宣告を受けると、こういう気持ちになるのかもしれない。しかもこの後リチャードは、妻から自分の上司と不倫している事実を告げられ、娘には自分がレズビアンである事をカミングアウトされる。ここから彼は残された時間を今までと違ったものにする為に、人生を歩み始めるというお話だ。

 

この妻ヴェロニカ役である、ローズマリー・デウィットという役者が非常に良い。調べたところ、2008年のジョナサン・デミ監督「レイチェルの結婚」のレイチェル役の女優さんで、あの作品でもアン・ハサウェイ演じる妹と激しく口論しながらもラストは姉妹の愛情を上手く表現していたが、「生き方に芯がある強い女性」というキャラクターは本作でも健在だ。ジョニー・デップ演じる夫リチャードにまったく依存せず、しかも悪びれもなく不倫する自由な性格や、芸術家として自立した女性という生き方、ラストのリチャードにガンを告げられた後、悲しみを湛えながらもウェットになり過ぎずに軽く涙をぬぐうシーンなど、彼女の登場シーンは見どころが多い。しかも「人生をやり直せたとしても、もうどこを直したらいいのかわからない」などのセリフから感じる、リチャードに対するふとした弱さや愛情表現が、この作品のレベルを確実に押し上げている。

 

半年間というリミットが出来た人生を生きるリチャードが起こす行動は、今までの「既婚者の大学教授」という枠からの反動でかなり破天荒だ。しかも妻には公の愛人がおり、夫婦はお互いに自由に行動する事を約束しているという設定だ。よって校内でマリファナは吸うし、パブでナンパした店員と即セックスするし、なんと男子生徒から淫行に誘われても断らない。リチャードは今まで経験してこなかった事を躊躇なく実行していくのだが、ここにジョニー・デップを配役した意味が出てくる。なにせ、あの「ジョニデ」なのである。ある女生徒がリチャードに心を寄せていてダンスに誘うシーンがあるのだが、まさに親子ほども歳が離れているのに、このモテっぷりにも違和感がない。ちなみにこの女性徒は、あの「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズのヒロインである「ロレイン」を演じていた、女優リー・トンプソンの娘らしい。

 

 

大学で英文学を教えているリチャードは、ただ単位が欲しいだけの学生や、本気で文学を学びたいと思っていない学生を教室から追い出してしまう。彼にはそんな学生と付き合っている時間はないからだ。そして少人数になった学生たちとは、バーや屋外で酒を飲みながら講義をするという型破りな方法で授業を進めるが、遂に自分の死期を悟ったリチャードが生徒たちに、「自分に忠実に生きろ。自分ではないものになって満足してはいけない。そして一度キリのチャンスをしっかり掴め。」と話すシーンが印象的だ。自分と同じく、懐古主義的であり「物書き」という金にならない将来を志す若者に向けて、それでも君たちには価値があるのだと伝える場面は、胸に迫るものがあった。

 

この映画において、ガンの特効薬や家族の愛によっての奇跡的な回復などの「甘い結末」は用意されていない。愛する娘に対して「旅に出る」と言い残し、愛犬と共に夜の道路を運転するリチャード。すると車はT字路にたどり着く。道は左右に分かれているが、正面には舗装した道はなく真っ暗な野道のようになっている。その遥か向こうには山の頂が見える。ふと車を止めて左右の舗装された道を確認したリチャードは、笑顔を見せ笑い声を上げる。かと思えばアクセルを踏み込み、正面の道なき荒野へ車を進めたところでカメラはパンアップし、満点の星空を映したところで映画は終わる。このラストシーンは一体何を意味しているのだろう。

 

最初は「リチャードは自殺したのだ」という解釈に思えたのだが、思い直した。個人的にこのシーンは、「更なる挑戦に踏み出した」というニュアンスを感じたのである。人生の時間が少ないリチャードは、このまま死ぬという「現段階の決まった道」ではなく、あえて道なき荒野という道に進んだのだという解釈である。さらに言ってしまえば、映画序盤に親友のピーターに冗談のように漏らした、「文学史に残る傑作を書く」という夢に向かって進んだという、非常にポジティブな結末すら感じる。車には愛犬を乗せていたが、リチャードが死んだらあの犬も道連れになってしまうだろう。劇中の可愛がり方から見ても、どうしてもそれが想像できない事も、理由のひとつだ。どちらにしても、解釈の幅がある非常に開かれたラストシーンなのは間違いない。

 

この「グッバイ、リチャード!」という映画は正直、低予算インディペンデントな軽めの小品だと思う。ストーリーもあらすじから受ける印象から、それほど予想外の展開も少ないだろう。だが僕はこの作品を観て、改めて自分の人生をしっかり生きようという気持ちになった。映画を観る価値とは楽しい時間を過ごす事と同時に、こういった価値観のアップデートにもあるような気がする。不朽の名作で必見という作品ではないと思うが、しみじみと良い映画であった。

採点:7.0点(10点満点)