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映画「鵞鳥湖の夜」ネタバレ感想&解説 忘れられないシーンの連続!匂い立つ様な中国ノワール!

「鵞鳥湖の夜」を観た。

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2015年の「薄氷の殺人」が第64回ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞し、ここ日本でも話題作となったが、あの「薄氷の殺人」を作ったディアオ・イーナン監督の5年ぶり新作が本作「鵞鳥湖(がちょうこ)の夜」だ。前作も非常に独特なトーンのサスペンスだったが、今回もそれに輪をかけて中国産ノワールサスペンスとして独自性のある作品になっている。主演はフー・ゴー。その他には「薄氷の殺人」にも出演していたグイ・ルンメイらが共演している。第72回カンヌ国際映画祭コンペティション部門の出品作でもある。今回もネタバレありで。

 

監督:ディアオ・イーナン

出演:フー・ゴー、グイ・ルンメイ、リャオ・ファン

日本公開:2020年

 

あらすじ

2012年、中国南部。再開発から取り残された鵞鳥湖(がちょうこ)周辺の地区で、ギャングたちの縄張り争いが激化していた。刑務所を出て古巣のバイク窃盗団に戻った男チョウは、対立組織との争いに巻き込まれ、逃走中に誤って警官を射殺してしまう。全国に指名手配された彼は、自身にかけられた報奨金30万元を妻子に残すべく画策するが、そんな彼の前に見知らぬ女性アイアイが妻の代理としてやって来る。鵞鳥湖の水辺で娼婦として生きる彼女と行動をともにするチョウだったが、警察や報奨金強奪を狙う窃盗団に追われ、後戻りのできない袋小路へと追い詰められていく。

 

 

パンフレットについて

価格700円、表1表4込みで全16p構成。

A4サイズ。紙質はあまり良くないが、オールカラー構成。ディアオ・イーナン監督のコメント、日本映画大学教授の石坂健治氏による「中国映画の第六世代とは何か」、東京大学名誉教授や、町山智浩氏の妹であり放送作家である町山広美氏によるコラムなどが掲載されており、読みものとして楽しめる。

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感想&解説

雨が降る夜に男が誰かを待っている。そこに女が近づいてタバコの火を貸してくれと頼む。このファーストカットから、「これはすごい映画が始まったぞ」と姿勢を正してしまう。画面全体にパキッとピントの合ったエッジの立った画面の中を、流れるようなカメラワークで雨と傘、バックとそこから現れるタバコを順番に映していき、遂に女の顔を捉えるショットの連なりの見事な事。色調も完全にコントロールされており、人口的なピンクのネオンやブルーの照明は、まるで近未来SFのようでもあるが、本作は完全に「フィルムノワール」の世界観だ。物語が劇的に動くのは、ほとんど夜のシーンなのである。

 

フラッシュバックによって過去の出来事を描きながら進行していく語り口は、ともすれば鈍重になったり混乱を生むが、本作に関していえばその一瞬混乱する感じがプラスに働いている。バイク窃盗の犯罪組織に身を置く男チョウが、組織間の抗争に巻き込まれ命を狙われるのだが、その流れで警察官を誤って殺してしまう。それにより賞金首になってしまい、警察からも組織からも追われる身となる。チョウは逃走の為に妻と待ち合わせるが、そこには妻ではなく見知らぬ女アイアイが現れる。この二人の出会いのシーンが、この映画のファーストショットだった訳だが、ここから回想する形で一度、チョウが命を狙われたり警官を殺した件が描かれ、さらに売春婦であるアイアイが、元締めの指示によりチョウの妻を探し出す様子が描かれる。

 

このようにストーリーの時系列が行ったり来たりするのだが、基本的にはチョウとアイアイのコンビを警察組織とバイク窃盗組織が追いながらも、このアイアイがファム・ファタール的に立ち回り、映画を翻弄するというのが本作の大きな流れだ。このアイアイを演じた女優グイ・ルンメイがとにかく素晴らしい。ショートカットというにはあまりに短いヘアスタイルでタバコの煙を燻らし、強烈に性的な空気を発散している。かといって男に媚びたキャラクターではなく、粗野で暴力的な男たちの中にいながらもそれに屈しない強さもあり、とにかく魅力的なのだ。

 

 

リドリー・スコット監督の「悪の法則」を思い出させるバイク走行中の首チョンパや、ビニール傘を使った刺殺後の傘開きシーンなど、突然挟み込まれるショッキングな暴力シーンも強烈だし、終盤の緊迫感のある逃亡シーンなのに、注文した肉うどんに薬味を入れる様子を長々と写したり、屋台街での屋外ディスコで光るスニーカーを履いた人たちが一心不乱に同じ振付で踊る場面や、見世物テントの中にいる「歌う首だけの女」、夜の湖に浮かぶボートで口の中の精子を湖に吐き出すアイアイなど、完璧に統御された画面構成の中で忘れがたい異様な演出のシーンが続くのも、この作品の特徴だろう。他の映画では観た事がない場面ばかりなのだ。

 

フィルム・ノワールの定石は守りながらも、女性たちは強く生きていくのだ、という本作のラストに悲壮感はなく、むしろ清々しい。また中国のアンダーグラウンドで生きる犯罪者や貧困層を描いた作品ながらも、あまりにスタイリッシュで先進的なビジュアルの為、生々しさよりもファンタジックさが際立っており、全編が映画として「カッコいい」のも本作の特徴だ。ただ、いわゆる大衆娯楽作品ではまったくないので確実に賛否は分れるだろうが、個人的には断固支持したい中国ノワールの快作だった。「薄氷の殺人」と本作で、完璧にディアオ・イーナン監督のファンになってしまった為、次回作は5年も置かずに早く観たい。

採点:7.5点(10点満点)