「マティアス&マキシム」を観た。
19歳でのデビュー作「マイ・マザー」から始まり、「わたしはロランス」「Mommy マミー」などの作品で世界中から喝采されている、若き天才グザヴィエ・ドランの新作が公開となった。前作「ジョン・F・ドノヴァンの死と生」の日本公開が2020年3月だったので、かなり短いスパンでの公開な気がする。監督自身が「トム・アット・ザ・ファーム」以来6年ぶりに出演しており、主人公の1人を演じている。共演には「Mommy マミー」のアンヌ・ドルバル、「キングスマン ファースト・エージェント」のハリス・ディキンソンなどで、ドランの実際の友人も多数出演しているらしい。第72回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作でもある。今回もネタバレあり感想を書きたい。
監督:グザヴィエ・ドラン
出演:グザヴィエ・ドラン、ガブリエル・ダルメイダ・フレイタス、ピア=リュック・ファンク
日本公開:2020年
あらすじ
幼なじみである30歳のマティアスとマキシムは、友人の短編映画で男性同士のキスシーンを演じたことをきっかけに、心の底に眠っていた互いへの気持ちに気づき始める。婚約者のいるマティアスは、親友に芽生えた感情に戸惑いを隠しきれない。一方、マキシムは友情の崩壊を恐れ、思いを告げぬままオーストラリアへ旅立つ準備をしていた。
パンフレットについて
価格1,000円、表1表4込みで全46p構成。
小型横サイズ。グザヴィエ・ドラン作品のパンフレットは、いつも若干価格が高いのだが装丁が凝っている。本誌も表1と表4が半透明の紙質だったりポストカードが挟まれていたりと、まるで写真集のような仕上がりでクオリティが高い。監督やキャストのインタビューコメント、映画評論家の森直人氏のエッセイ、最果タヒ氏の詩などが掲載されているが、読みものというよりはスチールの掲載が多く、写真集やファンブックに近い内容だと思う。
感想&解説
グザヴィエ・ドラン自身が本作を「純粋なロマンス映画」だと評しているらしいが、まさにその通りの作品だと思う。友達の妹が作る短編映画の中で、俳優としてキスする事になった親友同士が、それによりお互いの気持ちに気付いてしまうという物語なのだが、この「踏み出せない恋」の葛藤がさまざまなシーンで描かれており、観ていて強く共感してしまう。もちろん、劇中の二人は「男同士」の愛で葛藤しているのだが、この映画を観ながらそこはほとんど意識しない。これは男女間でも普通に想像ができる、普遍的な感情を描いているからだ。
キスシーンを撮影した翌日の早朝、女性の婚約者がいるマティアスは湖で泳ぎ始める。無我夢中で泳いだ結果、対岸まで行ってしまい、元々いた別荘の場所が分からなくなるという描写があるのだが、戻ってきた時、心配して見守る友人たちに対し「迷ってしまった」という本人のセリフがある。これは突然沸いてきた感情に自分の気持ちが迷い始めたという直接的な表現だろう。このマティアスが泳いでいるシーンにBGMでかかるピアノ曲は、激しくエモーショナルだ。
また本作では、グザヴィエ・ドラン本人が演じるマキシムがオーストラリアへ旅立つ日という明確なタイムリミットが設定されており、カウントダウンのようにそこまでの二人の心情が描かれるのだが、その直前のパーティで二人は部屋で密会し、遂にもう一度激しくキスを交わしてしまう。その時、いきなり天候が変わり雨が降ってくる為、パーティの参加者が慌てて洗濯ものを取り込むというシーンがあるのだが、これも二人の気持ちが高ぶったことを映像的に表現している場面だと思う。このように本作ではキャラクターの感情が、役者の演技や表情、場面の演出やBGMによってわかりやすく表現されており、シンプルに理解ができる作りになっている。だからといって、いわゆるセリフによるベタベタな表現にはなっていないところが上品で、観客も登場人物たちの心情に素直に寄り添える。
特にマティアスを演じた、ガブリエル・ダルメイダ・フレイタスが見事だ。街中でふとした時にマティスに似た人を探してしまう目線。素直な気持ちを吐露する事が怖くて思わずマティスを避けてしまう行動。他の男と親密にしている事に怒りを覚えて、思わず難癖をつけてしまうような嫉妬心。そして、そんな自分自身に困惑しながら恋人との関係にも悩み始め、今までの自分と決別しないといけないのか?という焦り。これらがスクリーンを通して伝わり、そして自分自身の記憶ともリンクして観ていて胸が痛くなる。さらに、マティアスの働く高級オフィスに置かれている植木鉢がある日無くなっているという描写は、自分の感情とは別に時間は動いていくのだという「時間の変化」を表しているのか?とか、マティスの顔についているアザは誰もが抱えているコンプレックスや痛みのメタファー?など、ストーリーには直接関与しないが、ふとした設定や演出の多くがこの映画の完成度に貢献している重要な要素なのだと思う。このあたりを深堀するのも面白いだろう。
そして、この映画からグザヴィエ・ドランの過去作にはなかった「陽性」を感じるのは、やはり彼らグループの友情自体もしっかりと描いているからだと思う。バカな話をしながらもケンカしたり笑い合ったりする彼らは、「少年期」そのものだ。そして普通の作品ならそこから本当の自分に気付きながら成長し、旅立っていくという「大人への通過儀礼」という着地に行きがちだが、本作はその友情自体もやはりまだまだ大切なものなのだとラストシーンで描く。これはドランの素直な気持ちがおおいに含まれているのだろうが、本作の温かい余韻に一役買っていると思う。
グザヴィエ・ドラン監督の最新作「マティアス&マキシム」は驚きやサプライズの要素は全く無いのだが、シンプルな恋愛映画として非常に楽しめたし、ドラン本人が演じている姿を久しぶりに観れたのも良かった。劇場は若い女性の姿も目立っていたが、LGBTだけをテーマにした映画ではまったくなく、もっと広く普遍的な「恋の痛み」を描いている作品だと思う。ストリップ劇場や若干ハードなキス描写もあるのでさすがに子供には厳しいが、広い層が楽しめるロマンティックな作品だ。
採点:7.5点(10点満点)