「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」を観た。
サンダンス映画祭の監督賞・審査員特別賞を受賞した、スタジオ「A24」の新作である。最近、大作が軒並み公開延期になってしまっている為か、インディーズ系の「A24」制作の作品ばかり観ている気がする。しかも、ブラッド・ピットの会社である「プランBエンタテインメント」と共同制作しており、このタッグはアカデミー作品賞の「ムーンライト」以来である。本作は、オバマ前米大統領の2019年ベストムービーにも選出されているらしい。主人公ジミーを実名で演じた主演のジミー・フェイルズが実際に10代の頃に体験した自伝的物語を、ジミーの友人でもあるジョー・タルボット監督が映画化した作品で、しかも初の長編デビュー作との事である。ほぼ新人や無名の役者陣の中で、ダニー・グローバーやソーラ・バーチが小さな役で出ているのが面白い。今回もネタバレありで感想を書きたい。
監督:ジョー・タルボット
出演:ジミー・フェイルズ、ジョナサン・メジャース、ダニー・グローバー
日本公開:2020年
あらすじ
IT関連企業とベンチャー企業の発展により、多くの富裕層が暮らす街となったサンフランシスコ。この街で生まれ育ったジミーは、祖父が建て、家族との思い出が詰まったビクトリアン様式の美しい家を愛していた。しかし、地区の景観とともに観光名所にもなっていたその家を現在の家主が手放すことになり、家は売りに出されてしまう。ジミーは再びこの家を手に入れるために奔走し、そんなジミーの切実な思いを友人であるモントは静かに支えていた。
パンフレットについて
販売無し。
感想&解説
非常に不思議な作品だった。面白くないという方も相当数いると思うし、実際にyahoo!映画のレビューでも「期待を裏切られる」「心に響かない」などのコメントが並び、2.8点と散々な結果だ。そしてこれらも全て納得できるし、いわゆる物語が面白い映画ではないとは思う。だが、なぜか嫌いにはなれない映画というか、むしろ個人的にはこういう映画は割と好きなのだと自分で再認識してしまった。
サンフランシスコに住む主人公の黒人青年ジミーは、税金が払えなくなった父のせいで家を追われ、親友モントの家に居候している。この家とは、1946年にジミーの祖父が建てたという家なのだが、とにかく彼は「この家自体」に固執している。既に他の住人がいるにも関わらず勝手に家のペンキは塗るわ、住人が退去するや家具を運び込んで不法侵入して住み着くわ、莫大なローンを払ってでも買い戻そうとしたりする。もちろん、現在のサンフランシスコは土地が高騰化しており、定職もないジミーが払えるはずのない金額だ。この家に固執するジミーの行動は、恐らくほとんどの観客にとって理解できないのだが、この執念に取りつかれた男の行動を120分に亘って観るという作品なのである。
だが、この主人公ジミーと親友モントがスケートボードに2人乗りしながら、サンフランシスコの街を駆けるというオープニングから好印象で目が離せない。街に住む変わった人々や街並みが非常にグラフィカルに表現されており、スローモーションの効果と相まって快感度がとても高いのだ。WEBのインタビュー記事から、監督は小津安二郎やアキ・カウリスマキから影響されているとの事らしいが、確かにスクリーンから映画好きが伝わってくる。バスの中で母親と会話するシーンのアップの切り替えしや、セグウェイに乗った観光案内人とのやりとり、終盤における親友モンドが行う独り演劇シーンなど、ストーリーとして大した事は発生していないのに、スクリーンの演出としては停滞していないのである。
主人公の衣装が、何日も同じ「赤チェックのシャツと帽子」だという事にもなんの説明もないし、いきなり全裸の老人や奇形魚が登場したり、現代劇なのにスマホやPCが登場しなかったり、街のチンピラの突然の死を知った途端に花が枯れたりと、この映画には説明されない不思議な事象が多々起こる。だが、この作品に意味やきっちりとした整合性を求めてはいけないのだろう。監督が描いたこの独特な世界観は、ほとんどファンタジーのようにも思える。IT系の巨大企業が本拠地を構え、価格が高騰し富裕層しか住めない、そして貧困層が税金を払えず家を出るはめになる、サンフランシスコという土地のリアルな現実を描いた作品なのにである。ここに作り手からの何とも言えない皮肉を感じるのだ。
ジミーは乗り合わせたバスの中で、ソーラ・バーチが演じる女性が「こんな街なんてクソで大嫌いだ」と言っているのを聞いて、「サンフランシスコを嫌いにならないでほしい。憎むのは愛情があればこそだ」という発言をする。だが、かつて妄念的に手に入れたかった家は実は祖父が築き上げたものではなかったと知り、失意に暮れたジミーは親友モントに感謝の置手紙を残し、手漕ぎの小舟でゴールデン・ゲート・ブリッジを背にサンフランシスコを後にするというラストなのだが、とにかく終始、地元への愛情に貫かれた一作なのである。正直、この異常なまでの「地元愛」への感情移入は難しかったのだが、ジミーとモントが見せるほとんど恋愛感情ギリギリくらいの熱い友情と、美しくもあり芸術的なショットの連なりには一見の価値はあると思う。劇中歌でかかる、R&Bシンガーのマイケル・マーシャルの力強いボーカル曲「サンフランシスコ(花のサンフランシスコ)」のように一見地味だし、とても傑作とは言い難いが、なぜか心を掴まれる不思議な魅力のある作品であった。
採点:6.5点(10点満点)