「望み」を観た。
雫井脩介原作の小説を、「トリック劇場版」や「イニシエーション・ラブ」の堤幸彦監督が映画化したサスペンスドラマ。出演は堤真一や石田ゆり子、岡田健史など。雫井脩介が手掛け、木村拓哉と二宮和也が共演した2018年「検察側の罪人」の映画化が面白かったのと、予告編を観たときに気になったので鑑賞。主題歌は森山直太朗が書き下ろした「落日」という曲で、エンドクレジットをしっとりと彩っていた。堤幸彦監督のイメージは作家性のある監督というより、多作でどんな題材でも手掛けるが、完成度にムラがある監督というものだったが今作はどうだったか?今回もネタバレありで感想を書きたい。
監督:堤幸彦
日本公開:2020年
あらすじ
一級建築士の石川一登と妻の貴代美は、高校生の息子・規士や中学生の娘・雅とともに、スタイリッシュな高級邸宅で平和に暮らしていた。規士は怪我でサッカー部を辞めて以来、無断外泊することが多くなっていた。ある日、規士が家を出たきり帰ってこなくなり、連絡すら途絶えてしまう。やがて、規士の同級生が殺害されたニュースが流れる。警察によると、規士が事件に関与している可能性が高いという。行方不明となっているのは3人で、そのうち犯人と見られる逃走中の少年は2人。規士が犯人なのか被害者なのかわからない中、家族は苦悩していく。
感想&解説
振りかえってみれば今年劇場で観た、初めての邦画作品だった。普段は洋画に趣味が偏っているのだが、本作に関しては予告編を観た時点で直感的に「面白そうだ」と感じた為に鑑賞してきた。雫井脩介の原作はベストセラーのようだが未読である。キャストも堤真一と石田ゆり子が安定した演技で非常にはまっていたし、日本の日常風景を切り取っているだけの画面で決して派手な画作りではないが、テレビ的な安さは感じない。また本作は、主人公の石川一家の邸宅が重要な舞台なのだが、建築家の父が家の購入を検討しているお客さんに間取りを案内するという流れで、二階の子供部屋と一階のリビングというセットの構造を説明するという流れも自然で良かったと思う。
オープニングとエンディングでみられる一軒家のドローン撮影も、おしゃれで豪華すぎるというのはあるが、この主人公一家は「日本の普通の家庭」なのだという事を、俯瞰した視点で表現していて効果的だったと思う。そして本作はラストを除いて、終盤まではとてもテンポが良いのも特徴だ。108分という上映時間なのだが、編集での省略が上手く鈍重なシーンがあまり無いので、ストーリーの行方に素直に集中できる。本作のトーンが一環してダークな為、このテンポ感はとても有難かった。
おおまかなストーリーとしては以下だ。幸せな四人家族の石川家だったが、サッカーを怪我で引退せざるを得なくなった長男の規士は、親に反抗的な態度を取っていた。ある日、彼の部屋からナイフを見つけた堤真一が演じる父は、息子に使い道を聞くが判然としなかった為、そのナイフを預かる事にする。その夜、「ちょっと出かけてくる」と言い残した規士は、そのまま家に戻らなくなってしまい、石田ゆり子演じる妻を含めて家族は心配する。すると長男が失踪した直後、ニュースからある車のトランクから男子高校生の刺し傷だらけの死体が見つかったという報道が流れる。現場からは逃げ出した男子学生が複数人見つかっており、その死体は規士の友人であることが発覚する。その日から、マスコミやネットでは規士が犯人であるかのような風潮が高まり、家族を追い込んでいく。そんな時、父親は隠しておいたナイフが消えている事を発見してしまう。
まず、本作の面白さの肝はやはり脚本にあると思う。成功者として幸福な家庭を築いた夫婦と兄妹の4人家族に、とつぜん訪れた悲劇を境に「成すすべもなく」壊れていく家庭を描いた作品で、映画としてはいわゆる「家庭崩壊もの」と言われる内容だと思う。この「成すすべもなく」というのがポイントで、本作の説明でよく「究極の二者択一を迫られた家族」という記載があるが、正確には彼らは二者択一など迫られてはいない。親子は事態に対して完全に受け身であり、突然いなくなった兄が実は「被害者」なのか?「加害者」なのか?に悩み、それぞれの立場で苦しむしかないからだ。この家族には「長男が見つかる事を待つ」しか、この事件の解決方法は無いためだ。
よって、本作の7割は残された家族が、マスコミに家まで追いかけられ、仕事ではクライアントや協力会社に逃げられ、受験を控えた妹は希望校を諦めろと迫られ、行方のわからなくなった長男の為に苦悩する姿を鑑賞する事になる。そして「加害者」だった事を想像すると、たとえ死体であっても被害者の方がいいと考えだす父と妹、加害者であっても生きていてほしいと考える母という構造が生まれる。娘の「お兄ちゃんが犯人だったら困る」というセリフがこの心情を直接的に表現しているが、このあたりの家族における「後ろ暗い葛藤」がこの映画をもっとも面白くしているポイントだ。ただ、もちろん映画の結末としてはしごく順当な方向に進行していく。
ここからネタバレだが、主犯格の男は捕まるが、相変わらず息子の行方は分からないまま時間は過ぎる。だが無くなったはずのナイフを息子の部屋からもう一度発見した父は、息子は殺していないと確信し、疑った自分を涙ながらに後悔する。そして、被害者の葬式に出向き線香をあげさせてほしいと頼むが、家族からは拒否され、ここでも「息子は殺していない」と号泣するのだ。このあたりから、ラストまでは徐々に序盤のテンポ感が失われ、鈍重さが増してくる。そして、遂に息子の死体が発見されて、友達をかばって自分も殺されてしまった事が判明するという流れになる。
この映画を観て「感動の物語」だというのは、正直ちょっと違和感がある。もちろん、この後は死んだ息子に対して家族は悲しみ、そして感謝するという展開になるのだが、妹は志望校に入学し、家庭は平穏を取り戻す。これは結局のところ兄が死んだ事は悲しいが、それでも「加害者じゃなくて良かった」という着地に見えるからだ。画面上は冗長ながらも感動的なシーンが続くのだが、そもそも兄の同級生である女子たちは徹頭徹尾、彼の無罪を信じていたのに家族たちは信じられなかったという比較対象を置いている事からも、個人的に本作はシニカルなダークホームドラマに感じた。もし、兄が加害者でまだ生きていたら、本当の地獄絵図でエンディングを迎えるであろうからだ。
「自分だったら、どう行動するだろう?」と自問自答しながら観れる映画は、基本的に良い作品だと思う。その意味で本作は、父親の視点、母親の視点、妹の視点と、観客によって観る視点が変えられる優れた映画だと言える。まだ犯人だと断定していない家族に対して、マスコミがあそこまで執拗に張り込むか?など、正直不自然すぎる演出もあったが、観た後でいろいろと議論したくなるという意味では、観る価値のある作品だったと思う。
採点:7.0点(10点満点)