「シカゴ7裁判」を観た。
「ソーシャル・ネットワーク」でアカデミー脚色賞を受賞し、2017年「モリーズ・ゲーム」で監督デビューした、あのアーロン・ソーキンが長編二作目としてメガホンをとり、脚本も担当したNetflixオリジナル映画が、本作「シカゴ7裁判」だ。実録ドラマでもある。日本ではNetflix配信に先駆けて、限定的に劇場公開された。キャストには、「ファンタスティック・ビースト」シリーズのエディ・レッドメイン、「ルーパー」のジョセフ・ゴードン=レビットを始め、「ブルーノ」のサシャ・バロン・コーエン、マイケル・キートン、マーク・ライランスと、かなりの豪華俳優陣が集結し演技合戦を見せている。今回もネタバレありで感想を書きたい。
監督:アーロン・ソーキン
出演:エディ・レッドメイン、ジョセフ・ゴードン=レビット、サシャ・バロン・コーエン
日本公開:2020年
あらすじ
1968年、シカゴで開かれた民主党全国大会の会場近くに、ベトナム戦争に反対する市民や活動家たちが抗議デモのために集まった。当初は平和的に実施されるはずだったデモは徐々に激化し、警察との間で激しい衝突が起こる。デモの首謀者とされたアビー・ホフマン、トム・ヘイデンら7人の男は、暴動をあおった罪で起訴され、裁判にかけられる。その裁判は陪審員の買収や盗聴などが相次ぎ、後に歴史に悪名を残す裁判となるが、男たちは信念を曲げずに立ち向かっていく。
パンフレット
販売無し。
感想&解説
あのアーロン・ソーキンが脚本・監督を手掛けた「裁判もの」という事で、初めて情報が出た時から期待していた本作。もともとはスティーブン・スピルバーグが監督する構想もあったらしい。Netflixオリジナル映画という事で劇場公開数は限定的だが、これは映画館で観たいと思いなんとか鑑賞してきた。まず、本作はキャストの豪華さが眼を惹く。エディ・レッドメイン、ジョセフ・ゴードン=レビット、マイケル・キートン、マーク・ライランスと次々と名優たちがスクリーンに現れるので眼福なのだが、とりわけ本作のサシャ・バロン・コーエンが素晴らしい。あの「ボラット」や「ブルーノ」における、風刺コメディとはいえ過激すぎる作風からは考えられないほどの、知性に溢れた役柄を熱演している。本作の真の主人公は彼だと言っても過言ではないだろう。
本来は2020年の秋に劇場公開作品として、予定されていたという本作。だがコロナ禍の影響で、ネットフリックスでの配信に切り替えるという判断になったらしい。それは、劇場公開を一年後に延ばすという選択肢はなかったとアーロン・ソーキン監督が言うように、アメリカ大統領選挙、ブラック・ライヴズ・マター運動と、今の時勢にリンクした作品なのですぐに観客に観てもらいたかったのだろう。舞台は1968年ベトナム戦争の只中、大統領選挙でジョンソン大統領からニクソンに政権が移ったことにより、このアメリカ史上類を見ない理不尽な政治裁判は起こった。アメリカ大統領選挙とは、それくらい今後の歴史に大きな影響を及ぼすかもしれない事を示唆している気がする。
ベトナム戦争への反戦意識が高まる中、シカゴで民主党全国大会で反戦デモが行われる。平和的な団体デモのはずが結果として、デモ隊と警察官らが衝突し負傷者が出てしまう。そこに参加していた学生同盟のメンバーや社会活動家、ヒッピーアイコン、戦争終結運動団体などの代表格の7名がデモを扇動したという容疑で逮捕され、裁判にかけられるというのが物語の始まりだ。さらにブラック・パンサー党の議長は、なぜか4時間シカゴに滞在していただけなのに、同裁判にかけられてしまう。黒人差別の不当逮捕であることは明白だ。またこの裁判が開始される頃に、丁度ニクソン大統領に政権が移り、この裁判には必ず勝つべしと司法長官ジョン・ミッチェルが手を回す事により、判事がまったく被告側の権利を無視した判断を行っていく。要は完全に「負け戦」を強いられた7人+1人の戦いを描いていく作品なのだ。
この判事ジュリアス・ホフマンの外道っぷりが、史実とは思えないほどに凄まじい。被告側に有利な陪審員を強引に除外したり、決定的に被告に有利な証言が出そうな場合は難癖をつけて陪審員を法廷に入れなかったり、黒人の被告が何度も不平を申し出ると猿ぐつわをして縛り上げたり、前司法長官からの決定的な証言は法廷記録に残させなかったりと、劇中で完全な悪役として存在感をアピールしている。裁判中に何度も「法廷侮辱罪」を適用されながら、圧倒的に不利な状況に置かれる被告人たちは、いわば凶悪で狂った国家と闘っているのである。
作風はアーロン・ソーキンの作品らしく、あまりに早いセリフ回しと量には面喰うかもしれない。特に序盤のキャラクター説明シーンは、8名の背景が軽快なBGMと共にテンポ良く描かれるのだが、情報量が多い為かなり集中力が必要となるだろう。しかも、ベトナム戦争時の歴史的な背景や、反戦団体の固有名詞も多く出てくるので、少しアメリカの歴史は頭に入れておいた方がより楽しめると思う。とはいえ、基本的には法廷の中でストーリーが進んでいく法廷劇でシンプルな展開だし、暴動デモの前後をカットバックで描く手法も整理されており、非常に解りやすく作られているので観ていて混乱する事はない。とにかく脚本が上手いし、非常に気の利いたセリフ回しの数々には、嬉しくなって何度も顔がほころんでしまう。
ある特徴的なシーンで、暴動デモの最中に高級クラブの大きな窓ガラスの前で、エディ・レッドメインたちデモ隊が警官に取り囲まれる場面がある。警官たちは自分の身元を隠して自分の認証バッチを外す。これから行う暴力に対して、個人的に恨まれないようにする為だ。高級クラブの中ではそんな事とは関係なく、政治家たちが酒と女にうつつを抜かしている。劇中のセリフで「こちらは60年代で、ガラスの中は50年代だった」というのがあるが、このガラス一枚を隔てて、ベトナム戦争時の市民たちと政治家たちの置かれていたあまりに乖離のある環境を、映像的に表している見事なシーンだと思った。もちろんこのガラスはこの後、破られる事になる。
ここからネタバレになる。ラストの展開はやや史実からは誇張されているかもしれないが、それでも感動的だ。もちろん、この展開で被告側が勝利する事はあり得ない。それは初めから解っている出来レースの政治裁判なのだ。そこへどうやって彼らは一矢を報いるのか?がカタルシスになる訳だが、判決の前に悪徳判事が被告を代表して、エディ・レッドメイン演じるトムに発言を促す。彼が裁判中、他のメンバーに比べて反抗的ではなかったからだ。短く反省の念を発言したら判決内容を考慮するとまで言われ、最後に彼が取った行動とは?ここでの役者の演技や音楽の使い方も含めて、最大のカタルシスが得られるように演出されているが、今までの溜まりに溜まった鬱屈を全て開放するような、これも見事なラストシーンだった。
マーク・ライアンス演じる弁護士が、判事の判断に思わず六法全書を法廷の机に叩きつけるシーン、ジョセフ・ゴードン=レビット演じる検事がラストシーンで思わず立ち上がり拍手を送るシーン、マイケル・キートン演じる前司法長官が法廷に立つ判断をした時に、トムに語り掛ける一言、ジョン・キャロル・リンチ演じる、家族思いで平和主義の男が、思わず法廷で怒りのあまりに暴力をふるってしまうシーンなど、登場人物は多いのに各キャラクターにしっかりと見せ場が配されていて、観るべきシーンのつるべ打ちだ。本作はアカデミー作品賞候補としてもすでに名高いらしいが、その価値は十分にある傑作だったと思う。Netflixですでに配信も始まっているので、これからもう一度観返したいと思う。
採点:9.0点(10点満点)